スタンフォード大学、オックスフォード大学に拠点開設。世界各地で進む医療用XR研究の最前線をレポート

スタンフォード大学、オックスフォード大学に拠点開設。世界各地で進む医療用XR研究の最前線をレポート

イメージ画像:VRデバイスを使用した研究

医療における、VRやARといったXR技術の活用。本メディアでもたびたび紹介してきたように、VRセラピーから遠隔医療、医療トレーニングまで、さまざまな領域で取り組みが進められています。

医療用XRは、ヘルスケア企業やスタートアップといった民間企業によるサービス開発が進められている一方、アカデミアの世界での研究対象ともなっています。専門の研究拠点を開設したスタンフォード大学とオックスフォード大学をはじめ、世界各地の研究者たちが、医療用XRに大きな可能性を見出しているのです。本記事では、スタンフォード大学とオックスフォード大学の事例を中心に、その最前線をレポートします。

スタンフォード大学が先鞭を切った、医療特化の3DVR技術の研究

イメージ画像:スタンフォード大学

スタンフォード大学は2016年、「脳神経外科シミュレーションおよび仮想現実センター(Stanford Neurosurgical Simulation and Virtual Reality Center)」1)を開設しました。

太平洋岸北西部にある大規模施設としては初めて、医療特化の3DVR技術を、脳神経外科の診療所、手術室、教室で使用。MRIとCTスキャンの2次元画像を高度なコンピュータプログラムで合成し、患者の解剖学的特徴を示す3次元画像を作成する仕組みを用いています。外科医はVRヘッドセットのスクリーン上の脳内をのぞくことで、頭蓋骨を開けることなく、脳組織や血管を間近で見ることができます。画像だけでなく、3Dプリントでの出力も可能です。

開設以来、1,100人以上のスタンフォード大学脳神経外科の患者の治療に活用されています。クリニックでの診察、術前計画、術中ナビゲーションなど、治療中のどこかでこの技術を利用しています。

この技術の医療への貢献として、まず手術支援があります。患者の解剖学的特徴を立体的に把握することで、より効果的な手術計画を立てられます。3次元の画像とリアルタイムの顕微鏡による手術の様子を関連付けることで、より詳細な情報を得られ、手術の精度を高め、より安全な手術を可能にしてくれます。

また、医療におけるトレーニング・教育にも効果を発揮しています。学生は複雑な症例をVR空間上で検討し、頭蓋骨や腫瘍、動脈瘤に対して、除去や修復の手順のシミュレーションを進めていくことができます。

さらに、患者ケアにも役立っています。 問題を立体的にイメージできるようになることで、患者に安心感を与えられます。医療知識の乏しい子供や英語が不得手な患者には、特に有効です。画像をUSBメモリーにダウンロードして患者に渡せば、家族と一緒に検討することも可能になります。

1)Stanford Neurosurgical Simulation and Virtual Reality Center(https://med.stanford.edu/neurosurgery/divisions/vr-lab.html)

医療用XR技術の世界的リーダーを目指すオックスフォード大学

イメージ画像:オックスフォード大学

オックスフォード大学では、XR技術を活用して、医療分野におけるデータの可視化と分析に新たな道をひらく「Medical XR2)」を設立。

Medical XRが目指しているのは、「医療用XR施設」です。仕事の一環でXRを使用したいが、アプリケーションを開発するためのニッチなスキルを持ち合わせていない研究者を支援します。部門間で共通のプラットフォームを構築し、リソースとトレーニングを提供することで、オックスフォード大学は、医療用XRの世界的なリーダーとなることを目指しています。

Medical XRが手がけているプロジェクト事例としては、たとえば以下のものがあります。

3D画像の取り込みを行う「BabelVR」

3D画像データ(超音波、CT、MRI、顕微鏡など)を扱うことで、研究者や臨床医が複雑な医療画像機器を新しい直感的な方法で操作できるようにします。

一次視覚野にアプローチする「StrokeVR」

制御されたVR環境を構築し、そこで脳の一次視覚野に損傷を受けた患者の周辺視野に物体が現れたときの反応時間を測定。脳の視覚処理領域の損傷を受けた脳卒中患者であっても、視覚刺激を感知する能力を測定できると期待されています。

人工股関節置換術を支えるバーチャルトレーニング「AescularVR」

人工股関節置換術の前に、バーチャルリアリティで手術計画を立てることができます。3Dでの物体の正確な登録を必要とするあらゆるシステムに使用可能なため、外科手術のトレーニングや教育の分野、とりわけ整形外科の分野で幅広い応用が期待されています。

慢性的な息苦しさを研究する「BreathlessVR」

VR環境における視覚的な世界(たとえば平坦な仮想道路を自転車で走る)と身体的な努力(たとえば静止した自転車をこぐのに必要な運動量)、および聴覚的なフィードバック(たとえば呼吸の音)との関係を注意深く操作することで、息苦しさの感覚を作り出すために、脳がどのように異なる感覚入力を重み付けし、組み合わせているのかを調べています。英国では成人の10人に1人が罹患し、年間110億ポンドの医療費および経済的損失が生じていると言われる、慢性的な息苦しさの解消に寄与すると期待されています。

クロマチンの3次元構造を可視化する「CSynth」

3Dゲノムとリアルタイムでのクロマチンの状態をモデル化することで、生体分子の3D構造を可視化してくれます。

2)Medical XR(https://medicalxr.molbiol.ox.ac.uk/)

その他、カナダを中心に医療用XRの研究が進む

イメージ画像:カナダの大学

その他のアカデミア機関においても、医療へのxR活用の研究は進められています。

バンクーバー拠点の国際チームは、長期介護施設における個人防護具(PPE)の正しい装着方法について医療従事者をトレーニングするための、先進的なバーチャルトレーニングシミュレーションを作成3)。サイモン・フレーザー大学インタラクティブ・アート・アンド・テクノロジー学部(SIAT)のポスドク研究者および卒業生と、バンクーバーに拠点を置くハイテク企業Virtro社、オーストラリアのモナッシュ大学およびビクトリア州保健社会福祉省によって、共同で研究開発が進められています。

一方、モントリオール大学ではVR検眼ラボが開設されました4)。2019年3月、世界最大のオプトメトリストが所有するアイケア企業であるVisiqueが、モントリオール大学オプトメトリー学部と提携して開設。モントリオール大学の学生が、一般的な目の病気と希少な目の病気の両方をバーチャルリアリティの環境でシミュレートするというユニークな機会を得ることができます。

さらに、コロンビア大学歯学部では、バーチャルヒーリングの研究が進められています5)。同大学の歯学部教授であるShantanu Lal氏は、CDMの新しいコースでバーチャルリアリティ(VR)ヘッドセットを歯科医院に導入。このコースを修了した学生は、歯の治療をしながら、自然の中で仮想体験ができるウェアラブル技術を患者に提供することができます。

3)Simon Fraser University(https://www.sfu.ca/sfunews/stories/2020/09/international-team-develops-advanced-covid-19-virtual-reality-tr.html)

4)CISION(https://www.newswire.ca/news-releases/universite-de-montreal-opens-quebec-s-first-virtual-reality-optometry-lab-in-partnership-with-fyidoctors-visique-831580808.html)

5)Columbia University College of Dental Medicine(https://www.dental.columbia.edu/news/columbia-offers-virtual-healing-dental-chair)

民間企業と臨床、そして研究で三位一体の発展を

イメージ画像:VRによる研究風景

以上、スタンフォード大学とオックスフォード大学を中心に、その他カナダの研究拠点にも目配せしながら、アカデミアにおける医療用xR研究の最新事情をレポートしました。

ヘルスケアはそもそも、臨床と研究の緻密な相互作用によって発展し続けてきた領域です。XRのような最新技術の活用を進めていくうえでも、民間企業や臨床のみでの取り組みではなく、アカデミアにおける研究もセットで進めていくことが不可欠でしょう。

パンデミックの収束が見えない昨今、非接触型の医療がますます求められるようになっているます。今後もアカデミアにおいて、医療用XRの研究は重要領域であり続けるのではないでしょうか。