メタバースへの没入感を高める「ハプティクス」とは何か? Meta社も注目する「触覚提示技術」の最前線

メタバースへの没入感を高める「ハプティクス」とは何か? Meta社も注目する「触覚提示技術」の最前線

イメージ画像:最新のハプティクス技術動向

メタバースへの没入感を高める手法として、Haptics(ハプティクス)と呼ばれる「触覚提示技術」が注目を集めています。ウェアラブルデバイスなどを装着し、力や振動などを与えることで皮膚感覚へフィードバックを与える技術です。

メタバースやVR/ARなどの空間に表示される仮想物体は実空間には存在しないため、形状などを表現するために、人の手に対してモノが存在するかのように感じさせる仕組みが必要となります。そこでテクノロジーによって“触覚”を人工的につくり出し、疑似的に再現するハプティクスが用いられます1)

メタバースやXR用のデバイスと、ハプティクス用のウェアラブルデバイスを組み合わせて装着する。すると、デバイス内の仮想空間のモノに触れる度に人間にその触覚のフィードバックが起こり、仮想空間へのより深い没入感を生み出します。

また、人間とロボットの動きだけでなく触覚まで同調させることでロボットに繊細な動作を実行させたり、デジタル空間上で人と人とが温もりのあるコミュニケーションを交わしたりすることが可能になります。

“感触”という人間の五感がメタバースやXRに取り入れられることで、より没入感を生み出すハプティクスの技術について本記事ではご紹介します。

1)日経ビジネス(https://business.nikkei.com/atcl/report/15/226265/072500043/)

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“触覚”を擬似的にもたらす技術はどこに使われるのか?

イメージ画像:VRバーチャルリアリティヘッドセットを着用したデジタル上での握手による接触

ハプティクスは人の触感を再現する技術です。ハプティクスが示す範囲や定義は研究者によって異なりますが、「力覚」「圧覚」「触覚」を基本的な3つの要素とする定義もあります2)。力覚は押されたり引っ張られたりする手ごたえ感。圧覚は硬い・柔らかいなどの接触感。触覚はザラザラした粗さなどを示しています。

いま、メタバースでの活用への期待の高まりとともにハプティクスは注目を集めています。Meta(旧Facebook)社は「Haptic Glove」という触覚グローブの研究開発を推進しており3)、将来的に離れた人と会話ができるだけでなく、触覚を通じて握手したり、一緒にメタバース内の物体を動かしたりといったことが可能になります。

Meta CEOのマーク・ザッカーバーグは、「この研究はまだ初期段階にありますが、いつの日か手袋をVRヘッドセットと組み合わせて、メタバースやARメガネでコンサートやポーカーゲームをプレイするような没入体験を実現することが目標です」と語っています4)

またイギリスのスタートアップである「TESLASUIT5)」は、全身に装着するスーツ型デバイスを開発しています。触覚フィードバック、モーションキャプチャ、生体認証を統合したこのスーツを着用すると、メタバース空間内での状況に合わせて痛みなどを感じられます。そこで危険な環境を再現したシミュレーションや、教育やトレーニングなどへの活用が期待されています。

メタバース空間内だけでなく、現実世界においてもハプティクスは有用です。視覚障がい者向けウェアラブルデバイス「Sunu Band6)」は、超音波技術を用いて目が見えない人でも周辺環境を把握できるようになります。ブレスレットが超音波を発し、周囲の物体に反響した超音波にSunu Bandのセンサーが反応。ブレスレットが振動することで、周辺に物体が存在することが視覚障がい者にも伝わります。

その他にも、遠隔医療や外科手術ロボット、災害救援用ロボットや産業用ロボット、パワードスーツの操縦にも使用が見込まれています。単なる遠隔操作ではなく、操作者へ触感でフィードバックを与えることで、感覚的でリアルな没入感をもたらし、より正確な動作を実現すると考えられています。

2)MIRAISENS(https://www.miraisens.com/ja/technology.html)

3)Meta(https://about.fb.com/news/2021/11/reality-labs-haptic-gloves-research/)

4)Insider(https://www.businessinsider.com/facebook-meta-mark-zuckerberg-tries-haptic-gloves-metaverse-feel-objects-2021-11)

5)TESLASUIT(https://teslasuit.io/)

6)Sunu Band(https://www.sunu.com/)

イメージ画像:VRゴーグルを装着した、フォースフィードバックの体験

ハプティクスの研究は大型航空機から始まった?

イメージ画像:次世代ゲームのコントローラーで体験するハプティクス技術

ハプティクスは、大型航空機の研究から始まったと言われています7)。動翼を操作する際に、失速など危険のある状態に達したタイミングで操縦桿を振動させることで、操縦者に危険を伝える役割を果たしています。

「フォースフィードバック」とも呼ばれるこの技術は、その後、油圧ショベルなどにも実装されました。大きな硬い岩が埋まっている場合に、操縦者がそれを感じられるような感覚を伝えることで、作業効率を上げる研究が現在でも進められています8)

その後、ゲームやエンターテイメントの領域を中心に研究がさらに進みます。1976年、SEGAのアーケードゲーム「Moto-Cross」が振動触覚のフィードバックをゲームとして初めて搭載したと言われています9)。ゲーム画面上で他のプレーヤーと衝突した時に、オートバイの振動を感じられるような設計が施されました。

振動でプレイヤーの触覚を刺激する技術が家庭用ゲーム機に初めて搭載されたのは、「NINTENDO64」からでした。現代では、たとえばPlayStation 5用のコントローラー「DualSense」などに、振動の周波数、強度、タイミングなどの与え方により操作者の体験に影響を与える技術が浸透しています。

また携帯電話にもハプティクスは応用され、iPhoneやiWatchなどの着信時にバイブレーションが鳴る仕様は日常生活に浸透しています。

その他にも、映画館のMX4Dでは風やミスト、エアー、フラッシュ、振動やモーションなどで人間の知覚を刺激することで、映画の世界の疑似体験により没入させるような活用もされています10)

その後、「VR元年」と呼ばれた2016年には、PlayStation 4VRに接続してVRを体験できる「PSVR」や「Oculus Rift」など高性能なヘッドマウントディスプレイが発売。VRへの期待の高まりとともに、ハプティクスにも再び注目が集まり始めます。

慶應義塾大学が2014年にハプティクス研究センターを設立したこと11)、「日本バーチャルリアリティ学会 ハプティクス研究委員会」が2009年に設立されたこと12)から、日本においては2010年代にVR技術とともにハプティクスの技術開発が積極的に進んできたと言えるでしょう。

7)Bulletin JASA(https://www.jasa.or.jp/dl/bj/BJ65_haptics.pdf)

8)OBAYASHI(https://www.obayashi.co.jp/news/detail/news20181015_1.html)

9)TESLASUIT(https://teslasuit.io/blog/history-haptic-technology/#:~:text=Haptic%20technology%20outbreak&text=In%201976%2C%20Fonz%20)

10)TOHO Cinemas(https://www.tohotheater.jp/service/mx4d/)

11)慶應義塾大学ハプティクス研究センター(https://haptics-c.keio.ac.jp/aboutus/)

12)日本バーチャルリアリティ学会 ハプティクス研究委員会(http://sighaptics.org/)

通信遅延の問題を超えて、実用化への期待

イメージ画像:最新のハイテク技術を駆使したVR技術とハプティクスの体験

このように、約50年以上前から研究が進んできたハプティクスですが、現代において再評価が進んでいる背景には社会課題や価値観の変化もあります。

そのひとつは、新型コロナウイルス感染症の流行です。2020年以降、「ソーシャルディスタンス」や「リモートワーク」のように、他人との接触や、不特定多数の人との接触を避ける意識が高まりました。物理的に距離を取り、デジタルデバイスを介したコミュニケーションが当たり前になる中で、「デジタル上での接触を可能にする」ことでそれを補完する技術としてハプティクスが注目を集めています。

また、少子高齢化が進む日本では労働力不足の問題も深刻です。たとえば、大型重機を安全にコントロールする必要がある建設業界では、ハプティクス技術が研究されています13)。また、医療業界などでも、人員不足問題を解決するために遠隔診療が求められており、繊細な操作の精度を高めるために研究が進められています14)

今後、ハプティクスの実用化にあたり課題とされているのが、通信の遅延(レイテンシー)の問題です。通信に遅延が発生すると、触った感触と視覚情報の間にズレが生じたり、物質を強く握りすぎたりといった現象が起きます。一方で、5Gの浸透などにより今後は通信速度が向上していく見込みです。4Gと比較して、5Gは通信速度が約20倍、遅延速度が約10分の1にまで向上するため15)、ハプティクスの実用化が一気に進むと期待されています。

より高いリアリティを実現するために、ハプティクス技術は現在進行系で改良が重ねられています。今後も発展するメタバースやXR業界において、ヘッドマウントディスプレイと同様に、家庭でも手軽に扱えるハプティクス用デバイスが普及する日は近いのかもしれません。

13)日経クロステック(https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/06293/)

14)慶應義塾大学ハプティクス研究センター(https://haptics-c.keio.ac.jp/research/)

15)クロス・コミュニケーション(https://www.cross-c.co.jp/column/business/688/)