遅発の心的外傷後ストレス障害の症状の時間的経過:系統的レビュー

ACTA PSYCHIATR SCAND, 145, 116-131, 2022 Time Course of Symptoms in Posttraumatic Stress Disorder With Delayed Expression: A Systematic Review. Bonde, J. P. E., Jensen, J. H., Smid, G. E., et al.

はじめに

心的外傷後ストレス障害(PTSD)の20~30%が,心的外傷へ曝露されてから全ての診断基準を満たすまでにかかる時間が6ヶ月を超える遅発例であることが示されている。心的外傷への曝露から臨床的診断までの間に症状が全く認められない遅発のPTSDは稀であるとされるが,戦闘を経験した軍人等の研究においては診断までに全く症状が認められなかった症例が報告されている。本研究では,遅発のPTSDの一部には,心的外傷の曝露から臨床診断までの間に閾値下の症状が生じていない例があるという仮説を検証することを目的とした。

方法

Medline,Embase,PsycINFOで2021年1月5日までの査読付き英語論文の系統的検索を行い,PTSDの経過に関する前方視的疫学研究を抽出した。①DSM-Ⅲ/ICD-10以降の診断基準で定義されたPTSD症状,②100名以上の参加者,③1年以上の追跡期間,④3回以上の評価,⑤潜在的クラス成長分析,⑥18歳以上,を組み入れ基準とし,①出産関連のPTSD,②パートナーからの暴力(暴行,レイプは除く),③児童虐待を除外基準とした。

経過に与える影響を評価するため,可能な場合には心的外傷の重症度,心的外傷後に生じたストレスの多いライフイベントを抽出した。

PTSD症状の合計評点が時間的経過と共に上昇するものを遅延の経過と定義し,遅延の経過を示すかどうかを確認した。更に典型的な四つの経過(低安定,改善,遅延,高安定)であるかを確認した。軍人,専門職(警察官,消防士,救助隊員,建築及び清掃作業員,医療従事者など),民間人で層別化した。遅延の経過と低安定の経過の間で,心的外傷後の観察されたある時点でのPTSD症状の合計評点の差を計算した。

結果

34の研究,42の集団が抽出された。PTSD症状の重症度の定量化に最も頻用されていた評価尺度はPTSDチェックリスト(Posttraumatic stress disorder checklist:PCL)であった(42.9%)。集団ごとに変動が大きく,大部分の研究で基準時点における研究の参加率が75%未満で,追跡不能例は25%を超えていた。

42の集団のうち,29の集団が遅延の経過を示し,遅延の経過から110のデータポイント(PTSD症状の合計評点/心的外傷への曝露から経過した月数)が特定された。遅延の経過では低安定の経過に比べ,はじめの6ヶ月間でPTSD症状の合計評点の中央値が25%高かった。このレベルから差が広がり,40~50%高くなってプラトーに達した。

集団,評価方法,解析が不均一であったため,メタ解析はできなかった。心的外傷の重症度が高いほど遅延の経過のリスクが上昇したとする報告と,リスクは上昇しなかったとする報告が見られた。追跡期間中に生じたストレスの多いライフイベントへの曝露についても同様の結果であった。

結論

遅発のPTSDでは多くの場合,曝露後の1年間にPTSDの症状が先行する。ただし,心的外傷への曝露後に閾値以下のPTSD症状が生じることなく遅延の経過を示す少数例が存在することを否定するものではない。曝露から診断までの間に症状のない遅発のPTSDは稀であるという結果は,PTSDの症状を監視することに対する理論的な裏付けとなることから,法医学的評価に役立つ可能性がある。

256号(No.4)2022年10月14日公開

(倉持 信)

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