エキスパートが検討 双極性障害うつ病エピソードの治療とラツーダの使い方 第1回


参加医師の皆様

【1】双極性障害治療における現状と課題

加藤先生

 私からは、双極性障害治療における現状と課題についてお話をさせていただきたいと思います。まず、双極性障害治療では、診断の難しさが課題のひとつとなっています。実際、双極性障害と診断されるまでに3年以上かかった患者さんの割合が半数を占めていたという報告1)や、双極性障害の患者さんのうち、過去に大うつ病性障害と診断された割合が約30%を占めていたという報告2)があり、長い間適切な治療を受けられなかった患者さんが多数いらっしゃることが示唆されています。では、なぜ双極性障害の診断は遅れるのでしょうか。双極性障害の診断が遅れる理由を患者さんに回答いただいた調査では、患者さんは「躁症状を病気とは思わず、医師には話さなかった」、「自身が双極性障害について知らなかった」などを挙げていました3)。このことより、適切な早期診断につなげるために、我々医師が丁寧に患者さんに説明を行うことの重要性が示唆されました。患者さん向け啓発サイトのひとつに「こころ・シェア」というものがあり、双極性障害という病気について学んでいただける情報を掲載していますので、そのようなものをうまく活用するのもよいかもしれません。

 また、どういう方がうつ病から双極性障害へ移行するのかについても大きなテーマのひとつです。56報の研究のシステマティックレビューによると、うつ病から双極性障害への移行の予測因子は、「双極性障害の家族歴」、「若年発症」、「精神病性症状」でした4)。その他にも、私自身は、過眠・過食がある、何度も繰り返す、抗うつ薬が効かない、といったことが双極性障害におけるうつ症状らしい特徴だと考えていますが、最終的にはうつ状態の症状だけで双極性か単極性かを鑑別することは難しく、躁又は軽躁状態の確認が重要となります。
 さらに、双極性障害の再発率の高さも課題のひとつです。実際、双極性障害患者さんの再発率は1年で57%、5年で91%と高い5)という報告があります。また、生命予後が悪いことも重要な課題のひとつで、自殺率は、一般人口と比較して20~30倍高いこと6)や、双極性障害患者さんでは心血管系疾患や呼吸器系疾患による死亡リスクが一般人口と比べて高いこと7)などが報告されています。

 では、双極性障害患者さんはどのような死因が多いのでしょうか。双極性障害の死因は、自殺が多い印象があるかもしれませんが、実際は、心血管系の疾患による死因が多いという報告があります8)。また、心血管系の疾患につながるメタボリックシンドロームをきたしている双極性障害患者さんの割合は、非精神疾患患者さんだけでなく、うつ病患者さんよりも有意に多いことが示されています9)。したがって、心血管系の疾患による死亡をどうやって防ぐかということが、双極性障害患者さんにおいては生命予後を守るという点で重要ということになります。
 次に、双極性障害の大きな課題のひとつに難治性のうつ症状があります。図1は、双極性障害の経過中に各症状及び寛解が占める割合を示したものです。寛解期を除くと、双極Ⅰ型障害では32%、双極Ⅱ型障害では50%の期間で「抑うつ症状」を伴うことがわかっています。この抑うつ症状の占める割合が、双極性障害と大うつ病性障害を鑑別することを難しくしている大きな原因のひとつであり、「抑うつ症状の改善」が双極性障害の最も大きなアンメットニーズでもあります。実臨床でも、先生方が診療されている患者さんの中に、双極性障害におけるうつ症状でお困りの方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。

 また、社会機能障害も課題のひとつです。患者さんは、うつ症状を評価するMontgomery Åsberg Depression Rating Scale(MADRS)のスコアを減らしたいと思って受診されるわけではなく、「仕事ができるようになりたい」、「生活を楽しめるようになりたい」というような期待をもって受診されます。双極性障害の患者さんが有する社会機能障害は、仕事、学校、社会生活、余暇、家族内のコミュニケーションや役割と幅広いドメインにわたっています。双極性障害におけるうつ症状を有する患者さんと単極性うつ病患者さんを対象に、日常生活の機能障害を評価するSheehan Disability Scale(SDS)サブスケールについて、「重度に障害されている患者の割合」を比較した報告では、双極性障害におけるうつ症状を有する患者さんは、単極性うつ病患者さんに比べ、社会機能が重度に障害されている割合が有意に多いことが示されています10)。この社会機能障害を改善していくことも、双極性障害におけるうつ症状治療の目標のひとつだと考えています。最後に、双極性障害の課題として高い不安の併存率を取り上げます。双極性障害患者さんで不安障害を数十%、多いものでは50%というような高い不安障害の併発頻度が報告されています11)。不安が併存するとどうなるのかというと、予後が悪化したり、QOLが低下します。それから、とにかく重症化してしまって、薬物の治療反応性、特に気分安定薬の治療反応性が低下してしまうということになりますので、不安を伴うというのが双極性障害において重要な臨床的な因子となります。

寺尾先生

 とてもコンパクトにまとめていただいて、よくわかりました。とにかく双極性障害は、診断が難しい病気で、その治療も非常に困難であるということです。特に双極性うつ病の見極めの難しさは実臨床でも実感しており、うつ病で受診された患者さんが、実は双極性うつ病だった、ということはわれわれも何度も経験しています。経験してもなお誤ってしまうということが、双極性障害の専門家でもしばしばあるわけで、このような座談会で再認識していくことが大切だと思いました。

【2】ラツーダについて(臨床試験結果を含むQuick Review)

加藤先生

 まず、ラツーダについてですが、日本では新薬ですが、海外では2020年9月時点ですでに260万人ぐらいの患者さんに使用された実績がある薬剤です注)
 ここからは、ラツーダの特徴と臨床試験成績についてご紹介します。
 図2に、ラツーダ単回投与の薬物動態をお示しします。Cmax及びAUCの食後と空腹時のデータを見比べていただくとわかりますとおり、ラツーダは、食後投与でないと血中濃度が上がりません。そのため、350キロカロリー程度12)の軽食で結構ですが、服薬前に食事をとっていただく必要があります。なお、半減期は、食後投与で22.45時間であり、ラツーダは1日1回投与となっております。
 図3の受容体親和性についてみると、ラツーダはSDAの特徴であるセロトニン5-HT2A、ドパミンD2受容体に対しアンタゴニストとして作用します。さらに、ラツーダの特徴として、気分症状改善や認知機能改善効果を示す可能性のあるセロトニン5-HT7受容体に対してアンタゴニストとして、セロトニン5-HT1A受容体に対してはパーシャルアゴニストとして作用します。一方、過鎮静、食欲亢進、体重増加などに関与するヒスタミンH1受容体や、口内乾燥、便秘、尿閉などに関与するムスカリンM1受容体には、Ki値が1000nM以上とほとんど作用しません。つまり、ラツーダは、陽性症状、陰性症状、不安・抑うつの改善に加えて、認知機能に対する悪影響が少ないことも期待されます。

注) ラツーダの推定投与患者数は、国際誕生日(2010年10月28日)~2020年9月30日の期間、米国での平均1日投与量、推定投与日数等をベースに算出

 続いて、ランダム化プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験であるELEVATE試験についてご紹介します。本試験の対象は双極Ⅰ型障害患者(大うつ病エピソード)525例であり、プラセボ群、ラツーダ20-60mg群、ラツーダ80-120mg群に割り付け、治験薬を1日1回夕食後に6週間経口投与しました(図4)。主要評価項目である6週時のMADRS合計スコアのベースラインからの変化量は、プラセボ群-10.6、ラツーダ20-60mg群-13.6、投与群間の差-2.9と、ラツーダ20-60mg群はプラセボ群に比べてMADRS合計スコアを有意に低下させ、プラセボ群に対する優越性が検証されました(図5左)。また、副次評価項目である各評価時点のMADRS合計スコアのベースラインからの変化量は、ラツーダ20-60mg群では投与開始2週目よりプラセボ群と比べ有意な改善が認められました(図5右)。なお、ラツーダ80-120mg群は、承認外用量となりますので、有効性の結果はお示ししません。
 6週時のMADRS項目別スコアのベースラインからの変化量については、うつ症状の中核症状である「外見に表出される悲しみ」や「言葉で表現された悲しみ」など、各項目のスコア変化量はこちらに示すとおりです(図6)。
 副作用発現頻度は、プラセボ群55例(32.0%)、ラツーダ20-60mg群71例(38.6%)、ラツーダ80-120mg群87例(51.5%)でした(図7)。発現頻度5%以上の副作用は、プラセボ群ではアカシジア11例(6.4%)、悪心8例(4.7%)、ラツーダ20-60mg群ではそれぞれ24例(13.0%)、12例(6.5%)、ラツーダ80-120mg群ではそれぞれ38例(22.5%)、18例(10.7%)などでした(図7)。また、アカシジアの重症度及びアカシジアによる投与中止率も解析されており、重度のアカシジアは、ラツーダ80-120mg群で2例(1.2%)認められましたが、プラセボ群および承認用量のラツーダ20-60mg群では認められず、すべて軽度または中等度のアカシジアでした(図8)。
 6週時の体重のベースラインからの変化量は、プラセボ群-0.22kg、ラツーダ20-60mg群0.23kg、ラツーダ80-120mg群0.22kgでした。血糖に関しては、HbA1cが、プラセボ群-0.01%、ラツーダ20-60mg群0.02%、ラツーダ80-120mg群0.02%でした(図9)。
 重篤な副作用は、プラセボ群1例1件[躁病1件]、ラツーダ20-60mg群0例、ラツーダ80-120mg群2例2件[自殺企図、パニック発作各1件]に認められました。投与中止に至った有害事象は、プラセボ群7例[好中球減少症、急性心筋梗塞、胃炎、悪心、嘔吐、疾患進行、アカシジア各1例]、ラツーダ20-60mg群6例[嘔吐、機能性胃腸障害、肝障害、アカシジア、躁病、自殺念慮各1例]、ラツーダ80-120mg群16例[悪心4例、疾患進行、アカシジア各3例、嘔吐、腱断裂、筋骨格硬直、ジストニア、不眠症、呼吸困難各1例]に認められました。試験期間中、いずれの群においても死亡は報告されませんでした。

【3】双極性障害治療ガイドラインにおけるラツーダの位置づけ

山田先生

 私からは、国内外の治療ガイドラインで、双極性障害におけるうつ症状治療においてラツーダがどのような位置づけになっているかご紹介します。
 2018年にカナダ気分・不安治療ネットワーク(CANMAT)と国際双極性障害学会(ISBD)が合同で改訂した治療ガイドライン、2017年に国際神経精神薬理学会(CINP)が作成した治療ガイドラインにおいて、ラツーダは双極性障害におけるうつ症状治療の第一選択薬のひとつになっています(図10)。
 図11には、海外でメジャーなガイドラインのひとつであるCANMAT/ISBD2018の双極性障害におけるうつ症状に対する治療ガイドラインを示します。ラツーダは、単剤での治療に加え、唯一気分安定薬との併用でも1st line(一次治療)で推奨されている薬剤となっています。薬剤を選択する上では、有効性だけでなく、安全性及び忍容性も考慮することが重要ですが、このガイドラインでは有効性と安全性の両方に関する評価が示されています。
 なお、日本うつ病学会の『日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅰ.双極性障害 2020』では、「推奨される治療」のひとつにラツーダ単剤が、「その他推奨される治療」にはラツーダとリチウムなどとの併用が記載されました(図12)13)

加藤先生

 日本うつ病学会の治療ガイドラインは、2020年6月に改訂されています。この改訂の経緯について、ガイドライン作成委員会のおひとりである山田先生、教えていただけますか。

山田先生

 今回改訂するにあたり、海外の動向は参考にしました。まず、2015年のオーストラリアとニュージーランドの治療ガイドラインで、ラツーダが第一選択薬のひとつに挙げられ14)、それ以降も多くの海外治療ガイドラインでラツーダが第一選択薬のひとつとして挙げられていました。ガイドラインで推奨されるということは、しっかりとしたエビデンスがあるということです。もし仮に、本邦で双極性障害におけるうつ症状治療に対して選択肢がたくさんあれば、急いで日本の治療ガイドラインに反映させる必要もなかったのですが、残念ながら、当時は双極性障害におけるうつ症状に適応がある薬剤はふたつでした。このような状況も考慮し、日本の承認申請に使用された日本人を含むラツーダの臨床試験の結果も確認した上で、ガイドラインの改訂を急ぎました。

Reference

1) Watanabe K, et al. Neuropsychiatr Dis Treat. 2016;12:2981-2987.
2) Hirschfeld RM, et al. J Clin Psychiatry. 2003;64(2):161-174.
3) Watanabe K, et al. Neuropsychiatr Dis Treat.2016; 12:2981-2987.
4) A Ratheesh, et al. Acta Psychiatr Scand. 2017;135(4):273-284.
5) MB Keller, et al. J Nerv Ment Dis. 1993;181(4):238-45.
6) Pompili M, et al. Bipolar Disord. 2013;15(5):457-90.
7) J F Hayes, et al. Acta Psychiatr Scand. 2015;131(6):417-25.
8) U Osby, et al. Arch Gen Psychiatry. 2001;58(9):844-50.
9) Silarova B, et al. J Psychosom Res. 2015;78(4):391-8.
10)Hirschfeld RM, et al. Eur Neuropsychopharmacol. 2004;14 Suppl 2:S83-8.
11)Freeman MP, et al. J Affect Disord. 2002;68(1):1-23.
12)Preskorn S, et al. Hum Psychopharmacol . 2013;28(5):495-505.
13)日本うつ病学会気分障害の治療ガイドライン作成委員会:日本うつ病学会治療ガイドラインⅠ.双極性障害 2020, 2020年6月16日第4回改訂,p11-13.
14)Gin S Malhi, et al. Australian and New Zealand Journal of Psychiatry.2015;49(12): 1-185.

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