医用画像XRが実現する「臨場感」と「存在感」のある手術ナビゲーション──Holoeyes創業者・杉本真樹インタビュー(前編)

医用画像XRが実現する「臨場感」と「存在感」のある手術ナビゲーション──Holoeyes創業者・杉本真樹インタビュー(前編)

画像:杉本先生ポートフォリオ

本サイトでも海外の最新事例を紹介してきましたが、医療におけるXR技術の活用が、世界中で進んでいます。その最先端を走る、一人の日本人医師がいます。その名は、杉本真樹先生。外科医として国内外で勤務した後、2016年にHoloeyes株式会社1)を創業。HMD(ヘッドマウントディスプレイ)越しに、XR空間の臓器を参照できるクラウドサービスを開発・提供中です。今回は前後編のうち前編記事として、さまざまな診療科を横断して蓄積した知見をもとに実現した、「空間で患者個別の病態を理解する」世界の革新性に迫ります。

1)Holoeyes(https://holoeyes.jp/)

Appleが考える「世界のイノベーター」に選出された、異端外科医

立体診断や治療計画、手術支援などの臨床現場から、シミュレーションや患者説明、そしてトレーニングや学術研究、教育分野まで、医療における幅広い領域でXR技術の活用が進んでいます。

杉本先生が開発しているのは、患者個人の医用画像データをXR空間に提示するクラウドサービスHoloeyes」。医用画像を3次元化し、臓器や血管、癌などの形を座標データに変換して、「ポリゴン」(多角形)として書き出します。そして、ポリゴンデータをクラウドサーバに送信すると、XR用のアプリケーションに自動変換されます。そのデータをインストールしてHMDで見ると、目の前に立体の臓器や血管が浮かび上がって見えるというわけです。

画像:手術中のアプリケーション使用イメージ

©Holoeyes

従来はCGアニメやイラストを2Dのモニターで横目に見るだけで、かつ高価でもあった従来の手術支援ナビゲーションシステムとは一線を画するプロダクトを開発した杉本先生は、1971年東京都生まれ。キャリアの初期は、帝京大学付属病院、国立病院機構東京医療センター、米国カリフォルニア州退役軍人局Palo Alto病院、神戸大学大学院医学研究科などで外科医として勤務していました。その後、医療におけるデジタル技術の活用にも取り組むようになり、2014年にAppleが考える「世界を変え続けるイノベーター」30名に選出。2016年には、エンジニアとHoloeyesを共同創業しました。

現在は主に汎用画像診断装置ワークステーション用プログラム「Holoeyes MD」、オンライン遠隔共有カンファレンスサービス「Holoeyes VS」、VR医療教育プラットフォーム「Holoeyes Edu」、医療用画像表示サービス「Holoeyes XR」(非医療機器)の4つのプロダクトを展開。2021年3月には著書『メスを超える──異端外科医のイノベーション』も刊行し、ますます医療の革新を推し進める杉本先生に、2時間たっぷりとインタビューする機会を得ました。

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XR「空間」に映し出すという革命

──まず、医療にXRを活用することの最も本質的な価値、あるいは革新性について伺えますか?

よく誤解されるのですが、臓器や患部が立体で見えるようになることがポイントなのではありません。3D画像なら、パソコン画面などの平面モニターでも見られますから。そうではなく、「空間」上で見られることが、Holoeyesの良さなんです。

自由に動き回れるXR空間においては、臨場感と存在感を共存させることができます。臨場感とは、自分がそこにいるような感覚のこと。存在感とは、相手や対象がそこにあるような感覚のことです。この両方が、コミュニケーションにおいては必要になります。

これらを兼ね備えたXR空間の中なら、視覚と聴覚にとどまらず、身体感覚で対象と触れ合うことができる。すると、たとえば医療トレーニングにおいても、ベテランの人の技術を身体の動きで真似しやすくなり、格段に効率が上がる。要するに、文字や映像ではなく身体で教えることで、暗黙知を形式知化しやすくなるわけです。これは見る対象も見ている人も固定されており動かないスマートフォンやパソコンの画面上では、実現不可能です。

── 3Dであることではなく、空間的に把握できることに革新性があると。

はい。既存のナビゲーションシステムは、赤外線マーカーなどのついた専用のデバイスで患部をトラッキングすると、パソコン画面の中に表示されている患者のCTやMRI・レントゲン画像にガイドが出てくるようになっています。

そこで、モニター上よりも、術野にガイドが重なって見えたらすばらしいと思うんです。たとえば、私は整形外科の手術に立ち会うことも多いのですが、脊椎や股関節などは、部位の位置が奥すぎるので、モニターがあっても見ながら手を動かすことが難しく、結局は手の触覚だけに頼って手術していることも珍しくない。目をつぶりながら、オペ用のゴム手袋越しの触覚だけに頼ることもあります。

術野にガイドを置いて、視覚が補われた状態で手術できれば安心だと思います。Holoeyesは、ちょうど良い具合に情報が間引かれたポリゴンという状態で、現実と重なったバーチャルガイドが出てきます。車でたとえると、フロントガラスいっぱいにカーナビの情報があると現実の道路が見えなくなり、逆に邪魔になってしまいますが、今のようにナビが横に置かれていると、どうしても視線を動かす必要が出てきてしまいます。

画像:ナビゲーション使用の様子

©Holoeyes

病院に負担をかけず、データを長期保存できるように

── 空間で見られるという特徴を活かして提供されているプロダクトは、医療機器認証を取れているのでしょうか?

Holoeyes MDは、約1年前に管理医療機器(クラスⅡ)認証を取得していて、随時バージョンアップをしています。

Holoeyesのソフトウェアを利用するためのデバイスであるHoloLensやMagic Leapは、厳密には国内の医療機器として承認されておらず、患者の環境内(患者から半径1.5m圏内)ではまだ使えません。また、一般的な手術支援システム同様、今の認証の範囲内では「手術支援」の機能とは認められていないので、あくまでも最終判断は「医師の裁量」で使われています。

── 患者のデータをXR化するにあたって、患者の許可を取ることも必要になりますよね?

はい。医師には必ず、患者の個人情報を取得・活用するための包括同意を取ってもらっています。もっとも、これは採血情報やカルテ情報など、あらゆる医療行為にあたって取る許諾です。それと同様にHoloeyesに対する許諾もお願いしています。

そもそも、Holoeyesのクラウドにアップロードする段階では、データはポリゴンというかたちですでに個人の特定ができない状態になっています。XYZ座標の値がざっと羅列されているだけの、多角形の基礎データになっているんです。ポリゴンから臓器の形は作れますが、誰のものかを調べる後引きはできません。診断のためには細かい情報があったほうがいいけれど、治療の参考として、ポリゴンで再確認できるとシンプルでわかりやすいんです。

ポリゴンにしてHoloeyesのクラウドに置いておくことで、データを大容量かつ長期的に保存できるようにもなります。現状では、国のカルテの保存期間は5年と定められています。ただ、いくら電子化されていっても、資金力に乏しい小さな病院はサーバーを確保できず、6年目以降はデータを削除せざるを得ない。取っておくにしても、貴重な画像データであっても大幅に圧縮したりしています。これは本当にもったいない。

── Holoeyesのクラウドに保存することで、病院側への負担もかけずに済むわけですね。

おっしゃる通りです。厚生労働省、文部科学省、総務省の3省が作ったガイドラインが4つあるのですが、それらを遵守すればカルテの外部保存を認められるようになっています。HoloeyesのサーバーはMicrosoftのAzureを使っているのですが、データ保存においては病院や医療に精通しているIT企業を活用していく時代です。

画像:杉本先生所有のVRデバイス

診療科を越えた協力があったからこそ開発できた

── 医師や病院のリアルな課題に寄り添ったプロダクト設計になっているのですね。杉本先生自身が外科医として働かれているからこそ、成し得ているようにも思えます。

私は肝胆膵外科が専門なのですが、整形外科や泌尿器科、婦人科の手術にも入っています。さまざまな病院でいろいろな科の情報やフィードバックを得られて、高い解像度で手術現場の課題を共有できています。

実際に臨床現場であれば、たとえば心臓外科と脳外科では使い方が全然違うんですよ。また診療科それぞれに特有のルールや慣習があるので、さまざまな科の医師と話が通じることが大事なんです。

ビジネスとしては誰がペイするのかを考慮することも大事です。病院の事務方の人々には「何例使えばペイしますか?」と聞かれます。そこでプログラム医療機器とサブスクリプション(定額制サービス)という新しいビジネスモデルを提案しています。今後は医師側も画像等手術支援加算のようなものを活用するなど経済合理性について、しっかり理解しておくことが必要です。

── 医師に必要性を感じてもらうだけでは、不十分だと。

でも、やはり一番大事なのは、現場の医師に必要性を理解してもらうことです。カーナビは「何回乗ったらペイする」というロジックで導入検討するものではないと思います。あったほうが運転がラクになったり、快適になったりすることを期待して買うわけです。

私はHoloeyesを、“ビタミン”ではなく“ペインキラー”にしたいんです。「なくても困らないけれど、これがあると何かいいな」というビタミンのような存在ではなく、「これがないと痛くてしょうがない」という痛み止めのような存在。カーナビもスマートフォンも、かつては「そんなもの要らない」と拒む人がいましたが、今やそれなしには社会生活が立ち行かないペインキラーになっています。医療においてナビがないことが「痛み」だと認識してもらうことが、必要だと考えています。

── 経験の多くない若手の医師ほど、より必要性を感じてもらえそうですね。

研修医の期間が終わってすぐの若い医師ほど、HoloeyesのXR空間を体験して難しい手術に挑戦していけるようになるといいですよね。カーナビがあったほうが路上教習を実施しやすいのと同じように、難しい手術も試してみやすくなる。ITやゲームに慣れている若い人であれば、より馴染みやすいと思いますしね。

さらに、XRナビゲーションがあることで、若い人同士が教え合えるようにもなります。ナビゲーションを見ながら、自律的に学習ができる。実際、僕らが定期的に開催しているユーザー会にも、どんどん若い人が参加して、事例を発表してくれるようになっています。

画像:取材中の杉本先生

臨床現場からXR空間まで、すべてをクラウドサービス化

── Holoeyesのような医療用XRナビゲーションシステムは、海外でも少しずつ現れている印象があります。

事例は出ていますが、よく見ると、コンセプト映像ばかりで、どこまで「できる」かはわかりにくく、実際にどのくらい実装が進んでいるのかは不明瞭です。

また、たとえば整形外科だけ、脳外科だけ、といった領域に特化したプロダクトが多いです。プロダクトのアドバイザーになっている医師が自分の領域だけで、ベンチャーと共同開発をしているケースも多いと思います。Holoeyesは、あらゆる領域の医療者のアイデアをかたちにしていくプロ集団を目指しています。

── プロダクトの機能としては、海外のものとどのような違いがありますか?

海外のものは、一回一回のデータを、オーダーメイドで作って戻すタイプのものが多いです。Holoeyesは全部ほぼ自動でポリゴンがアプリに反映されるのですが、それを全部手動で開発しているプロダクトが少なくない。「クラウドで自動化できるのでは?」と考え開発した結果、プログラミングの知識がない人でも、YouTubeに動画をアップするくらいの感覚で使えるようになった。その点にフォーカスして、6年前に国内特許を取得し、2021年には米国特許も取得しました。今後はグローバルにも事業を拡大していきます。


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前編記事では、VR技術が生み出す「臨場感」と「存在感」が手術ナビゲーションの体験を大きく改善すること、そしてデータをVR化することで負担なく長期保存できるようになることがわかりました。続く後編記事では、杉本先生が見据える「医療の民主化」、そして「医療メタバース」構想に迫ります。