「医療メタバース」構想:社会全体で医療を担える世界を実現する──Holoeyes創業者・杉本真樹インタビュー(後編)

「医療メタバース」構想:社会全体で医療を担える世界を実現する──Holoeyes創業者・杉本真樹インタビュー(後編)

画像:取材中の杉本先生

医療におけるXR活用の最先端を走る、日本人医師/起業家の杉本真樹先生。外科医であり、Holoeyes株式会社1)の共同創業者でもある杉本先生が開発しているのは、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)越しに、XR空間の臓器を参照できるクラウドサービスです。Holoeyesの革新性に迫った前編記事に引き続き、後編記事ではHoloeyesの直近の動向と未来の展望を深堀りします。コロナ禍により事業状況に変化が訪れている杉本先生が見据える「医療の民主化」、「医療メタバース」構想とは?

1)Holoeyes(https://holoeyes.jp/)

社会全体が医療機能を担える未来へ

── Holoeyesを広めていった先に、どのような医療を実現していきたいとお考えですか?

「社会が医療を担う」状態を目指しています。それぞれの家庭の中にデータベースがあって、各人の医療健康情報がそこに集約され、基本的な医療は家庭内でまかなう。医師が必要なときも、基本的には地域のかかりつけ医に相談し、ある程度はローカルで完結するような世界。大病院は、外傷やがんのような難病をメインに診る。昨今はホームドクターというものが推奨されていますが、社会全体が医療機能を担えるようになるべきだと思うんです。

そのためには、情報を均一化・定性化したうえで、誰でも見られるようにすることが必要です。そもそも患者の情報は患者に帰属するものだと思うのですが、現時点では自分で見る方法がない。カルテの文字情報ならまだしも、レントゲンや心電図のデータを患者が持っていても、理解できないですよね。医学的知識と医療技術は、専門に特化されすぎていて一般の人が触れられないところにある。YouTubeで調べても、本当かどうかわからない。自分のお腹の中に内臓が入っているのに、どんな形をしているのか知らない。知らないからこそ怖い。

そこで、自分の内臓や病気の画像を立体的なXRデータとして持っていれば、自分ごととして理解しやすくなります。少なくとも、過去と現在の比較はできると思うんです。たとえば動脈瘤が大きくなって破裂の危険が高まっていることや、心臓の血管が狭くなってカテーテルを入れる必要性が出てきていることは、患者が自分で気づいて、未然に防げるようになるはずです。「中性脂肪250」と言われても、その値の意味はわかりませんよね? だから医師に言われたことが全てになってしまうし、「お医者様」という呼び方もまかり通っている。患者本人が、医師の言われたままでなく、自分で責任を持って判断できるようになるべきだと思いますし、そのためにも情報の非対称性を解消することが必要でしょう。
 
ウェルネスと医療に境界はないと思っています。本当は食べ物や生活環境、社会環境まで、僕ら医師の仕事を拡張すべきです。そのための橋渡しとして、まずは自分の身体や内臓、病気とは何かを知ってもらうことが重要だと考えています。

── 「医療の社会化」が実現したとき、医師にはどのような役割が求められるようになるとお考えですか?

より高度な技術や正確な知識が求められるようになるでしょう。でも、それを評価するシステムが、今はない。だからこそ、画像情報のみならず、医師の診断や治療の動きや音声の情報も記録しているんです。現状は各領域の重鎮が偉いとされる縦社会になっていますが、そうして記録していくことで、あらゆる医師が同じ土俵に乗って、フラットに評価しあえるようになると考えています。

記録することで、医師や技術を適材適所に配分できるようになるとも思います。医者も含めた医療資源は限られています。だからこそ、適切に休んでもらって、最高のパフォーマンスを出してもらう必要があるはずなのに、寝ずに働くのが美徳とされている。これは結果としてストレスやクオリティ低下につながっていると思うので、そうした現状を最適化したい。

画像:書籍『メスを超える』

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コロナ禍による打撃と、来る繁忙期への備え

── 今後、「医療の社会化」を実現するうえでハードルとなっている点はありますか?

直近でいえば、2021年6月30日に施行された法律の関係で、医学研究の倫理規定が少し厳しくなったことの影響を感じます。医療機器として認証されていても、倫理委員会の承認を慎重に得ようとする風潮が生まれていて、導入にストップがかかっているケースもあります。

ただ、今は何よりもコロナ禍の影響が大きいですね。まず、紹介するときに病院の中に入れない。XRデバイスを装着してみないとその価値がわかりづらいのですが、その道が絶たれているのは苦しいです。

また医師同士が会う機会が減っているので、体験した人が「これはいいね」と周りに言えないのもネックです。もともと医師は、主に学会の展示会で情報交換をしていたのですが、学会がオンライン化されたので、そうした場が失われてしまった。交換できても文字情報や映像情報だけで、VRの良さがなかなか広まらないんです。

そもそも、医療現場がコロナ対応でいっぱいいっぱいで、新しいものを取り入れる余裕がなかなかない。Holoeyesがプラスアルファのツールだと思われている現状だと、「今はちょっと難しいね」と思われたり、場合によっては「この危機に何遊びみたいなことをやっているんだ」という批判を恐れていたりする方もいます。予算もコロナ対応に取られてしまっていて、なかなか割いてもらいづらい。

── コロナ禍による打撃は大きかったのですね。

でも、逆に言えば、開拓余地がたくさん残されているので、コロナ禍が改善すれば一気に認知も拡大するとも思っています。

あと今はコロナ対応が最優先で、緊急性が比較的低い手術は延期にする「手術控え」の風潮があります。ですから、短期的にはHoloeyesのニーズも減っていますが、とはいえ待たされている患者さんたちも、いずれは手術が必要になる。すると、コロナが明けたら、一気に手術ニーズが高まり、若い人の手術機会も増える。そうなった時に、Holoeyesがあれば、若い人にも安心して難しい手術を任せられるように今のうちにXRを体験しておくとよいと思います。

ですから、いまはコロナ明けに備えて、事例を蓄積していますね。ワクチン接種済の医師と会ったり、メディアに出たり。さらに私が現場に立って一緒に手術して情報収集や新たな使い方の提案をしたり、その事例をもとに学会発表や論文執筆をしてもらったり。既存のナビゲーションシステムへのポインターの置き方など、実際にオペに入って初めて気づくことは多いですからね。今は使っている人の事例をできるだけたくさん押さえておく、ストックの時期だと思っています。

── コロナ禍に際して、遠隔医療の規制緩和が進みましたが、その影響はありましたか?

はい。遠隔医療においても、Holoeyesが価値を発揮すると思います。たまたまこの間、私の家族が入院して、コロナ対策で面会謝絶になったのですが、テレビモニター越しにビデオ通話をしたら、電波が悪くて少しタイムラグが発生し、「無理だからもうやめよう」となりました。そこでXR越しならリモート面会ができたんですよ。ホログラムが空中に浮き、アバター越しにコミュニケーションが取れた。その後、

遠隔医療においては、存在感のある人物と喋ったほうが安心しますし、伝えられる情報量も多いと思うんですよ。パソコンモニターのテレビカメラ越しだと、どうしてもきちんとした会話ができず、コミュニケーションがたどたどしくなってしまう。でも、臨場感と存在感があるXR空間なら、対面同様のコミュニケーションが成り立つと思います。モニターの前に座って動かないと、どうしても固くなって言葉を選んで喋ってしまう。いろんなものを省略してしまいがちです。でも、ホログラムを使えば、動きながら形を捉えたり伝えたりできるので、言葉を選ばずに自然な会話ができます。

画像:インタビュー中の杉本先生

便利さや有用性だけでなく、楽しさや快適さも

──「医療の社会化」を実現していくため、今後Holoeyesをどのように展開していくのか、事業展望を教えてください。

「医療メタバース」を目指したいと思っています。メタバースとは、自分の分身であるアバターを利用し仮想空間に入り込み、現実と同等の活動ができるもの。手術の情報を、個人が特定されないXR空間上で、医師ユーザーが共有し、分身でコミュニケーションするプラットフォームにしたい。

Holoeyesは現状でも、自分で作ったコンテンツをアップロードすれば、データベース上に保存して簡単に取り出せる、クラウドデータ管理サービスでもあります。これは後から参照したい時や、学会発表で使いたい時などに非常に役立つ。そして、このデータは将来的にビジネス活用できるようになると思っています。手術の映像そのものは、出血や内臓などがリアルに表現され、また個人情報保護の観点からも、そのまま公開するのが難しい。でも、抽象度の高いポリゴンの状態なら共有しやすく、それを評価してもらえるので医師のモチベーション向上にもつながります。

また、患者さんの側も、実は病気になって手術をしたときなどに、「自分の情報をぜひ他の誰かの役に立ててください」と言う方が多い。個人情報さえ出さなければ、ほぼみなさんが「医療の発展に使ってください」と言うんですよ。現状は医師の方も気を遣ってしまって、なかなか尋ねたり実際に活用したりはしないのですが、XRデータを簡単にやり取りできるプラットフォームがあれば、もっと情報共有が進んでいくと思うんですよ。人間ドックを受けたら、自分の臓器や脳のXRデータを持ち帰れるようになるだけでも、ちょっと楽しいじゃないですか(笑)。

── いいですね。健康診断へのモチベーションも高まりそうです。

便利さや有用性はもちろん必須ですが、楽しさや快適さも大事だと思うんです。医師も自分が思いついたことを表現しやすくなり、クリエイティブになれる。たとえば白衣だって、よれよれのものだと、モチベーションも上がらないし、患者さんだって不安になります。だからこそ、上質さと機能性を兼ね備えたスタイリッシュな白衣といったスタイリッシュなアイデアが、実は医療者にとってはとても大事だと思っています。

そもそもHospital(病院)は、Hospitality(おもてなし)と語源を同じくしています。機能性や着心地の良さを兼ね備えた快適さがもたらされることで、モチベーションが上がり、医療の底上げにつながると思います。働き方改革は、意識改革でもある。そうした変化のきっかけとしても、Holoeyesが価値を発揮できるといいなと思っています。