研究論文もプロダクト開発も進展中。ゲーミング医療におけるXR活用、国外の最前線をリポート

研究論文もプロダクト開発も進展中。ゲーミング医療におけるXR活用、国外の最前線をリポート

イメージ画像:VRデバイスでゲームをする親子

これまで医療の世界において、ゲームは忌避すべき対象として捉えられるのが一般的でした。「ゲーム脳」という言葉は、そうした傾向を端的に象徴しているでしょう。

しかし、VRやARといったXR技術の医療への応用可能性が注目されるようになり、その傾向が少し変わりつつあります。ゲームはXR技術が最も活用されている領域の一つ。XR技術の発展を背景に、ゲームを利用した治療である「ゲーミング治療」が脚光を浴びるようになっているのです。

本記事では、国外におけるゲーミング治療の最新事情をリポート。アカデミアでの研究から、すでに実装が模索されているプロダクトまで、その最前線に迫ります。

10年前から研究が重ねられてきたゲーミング治療

イメージ画像:大学の研究

ゲーミング治療におけるXR活用の効果は、アカデミアでの研究によって徐々に示されつつあります。

2010年代初頭にはすでに、Ma, Zheng (2011)※1において、運動機能のリハビリのための物理療法、心理的な恐怖症のための暴露療法、痛みの緩和といった、XR技術の活用例が検討されています。

また、VRシステムやハイエンドゲームで使用されている、センサーベースやカメラベースのトラッキングデバイス、データグローブ、触覚力フィードバックデバイスなどのインタラクティブデバイスにも言及。さらには、ダイナミック・シミュレーション、フロー理論、アダプティブ・ゲームなど、ゲーム技術における重要なコンセプト、そしてそれらがヘルスケアに実装される可能性についても検討が加えられています。

Ma,Jain, Anderson(2014)※2では、医学教育やヘルスケアマネジメント、看護トレーニング、ヘルスリテラシーへの応用例を検討。さらには神経心理学、モーターリハビリテーションへの応用例についての議論も。そして、病気の治療用ゲーム、治癒と回復におけるVR技術の応用例まで検討されています。

そしてLin,Chen,Cheng (2018)※3では、医療分野におけるVRやVRゲームの応用に関連する最近の研究や進行中の研究について整理。VR技術は、医療従事者のスキルアップに役立つだけでなく、多くの革新的な方法で医療従事者が患者を助けることを可能にしていることを示したうえで、リハビリテーションと緩和ケアのためのVRゲームのデザインも提案しています。

直近では、Tao, Garrett, Taverner(2021)※4において、ゲーミング治療のゲームデザインの傾向と今後の方向性を探る文献レビューの結果がまとめられています。ゲーミング治療は、さまざまな健康状態に対応するために設計された没入感の高い体験に顧客を引き込むための有望なツールである一方、ゲーム体験としてのデザインはより一層の研究が必要な点、今後の開発には、参加型アプローチによるエンドユーザーの参加を増やすことが有効である点が指摘されています。

*1
Ma M., Zheng H. (2011) Virtual Reality and Serious Games in Healthcare. In: Brahnam S., Jain L.C. (eds) Advanced Computational Intelligence Paradigms in Healthcare 6. Virtual Reality in Psychotherapy, Rehabilitation, and Assessment. Studies in Computational Intelligence, vol 337. Springer, Berlin, Heidelberg. https://doi.org/10.1007/978-3-642-17824-5_9

*2
Ma, Minhua & Jain, Lakhmi & Anderson, Prof Paul. (2014). Virtual, Augmented Reality and Serious Games for Healthcare 1. 10.1007/978-3-642-54816-1.

*3
Lin, Alice & Chen, Charles & Cheng, Fuhua. (2018). Virtual Reality Games for Health Care. MATEC Web of Conferences. 232. 01047. 10.1051/matecconf/201823201047.

*4
Tao, G., Garrett, B., Taverner, T. et al. Immersive virtual reality health games: a narrative review of game design. J NeuroEngineering Rehabil 18, 31 (2021). https://doi.org/10.1186/s12984-020-00801-3

ゲーミング治療用のプロダクトも続々開発

イメージ画像:VRのゲーミングの様子

論文のみならず、ゲーミング治療を実践するためのプロダクト開発も、アカデミアの内外を問わず進められています。

VRの健康への影響を評価、カロリーアプリも開発「VR Institute of Health & Exercise」

VR Institute of Health & Exercise1)は、VR/AR技術の健康への影響を研究するため、2017年に設立された研究機関です。サンフランシスコ州立大学と協力して、研究・開発を進めています。医療におけるXR活用に関心がある人々のコミュニティ拠点となることを目指し、さまざまなVRコンテンツの健康への影響を評価2)

さらには、何百時間にも及ぶVR特有の代謝テストに基づいて作られたカロリー計測アプリ「VR Health Exercise Tracker3)」の開発・運営も手がけています。ユーザーの身体情報に基づいて、アプリに登録されたVRゲームそれぞれについて、研究所でのテストでの基づいたカロリー消費量を算出。VRコンテンツが寄与する健康上の効果を正確に予測・計測します。

1)Virtual Reality Institute of Health and Exercise(https://vrhealth.institute/)

2)Virtual Reality Institute of Health and Exercise(https://vrhealth.institute/vr-ratings/)

3)Virtual Reality Institute of Health and Exercise(https://vrhealth.institute/vr_exercise_tracker/)

更年期障害、認知症、慢性疼痛にアプリで対処「Virtue Health」

「すべての人々がより長く、より良い生活を送れるようにすること」をミッションに、更年期障害、認知症、慢性疼痛の対策のためのアプリを開発するVirtue Health4)。女性がより良い更年期を過ごせるようサポートする「Caria」5)は、行動科学とデータにもとづいて、パーソナライズされた洞察を提供します。

認知症の人のケアの質と健康を向上させることが証明された、受賞歴のあるデジタルセラピープラットフォーム「LookBack」6)は、個々人にパーソナライズされたかたちで、世界中のさまざまな場所へのバーチャル旅行を実現。緩和ケア患者の痛みやストレスをデジタルで解消するための没入型治療プラットフォーム「Glo」は、患者ごとにカスタマイズされたかたちで、効果が実証されているマインドフルネス技術を用いたインタラクティブなVR体験を届けています。

4)Virtue Health(https://www.virtue.io/)

5)Caria(https://hellocaria.com/)

6)LookBack(https://www.virtue.io/lookback/)

COVID-19の後遺症向けVRセラピーも提供「XR Health」

2020年9月、ADHD症状の改善を目的としたアプリケーションをローンチしたXR Health7)。ゲームのようなトレーニングや現実に即した体験を提供し、注意力、衝動性、より複雑な思考能力といった認知機能の向上を支援します。直近では、新型コロナウイルス感染症に関連するリハビリプログラムも展開。新型コロナウイルス感染症から回復した患者の3人に1人が経験していると言われる、神経学的または心理的後遺症に対処するため、VRセラピーによって、記憶力低下、協調、疼痛管理、呼吸不全、ストレス、および不安に対しての治療を提供しています。

7)XR Health(https://www.xr.health/)

慢性疾患の入院患者向けのVRコンテンツを開発「firsthand」

firsthand8)は、慢性疾患の入院患者のためのVRコンテンツを開発しています。痛みを軽減するVRゲーム「COOL!」、ストレスを低減するVRゲーム「GLOW!」などを提供。医療スタッフが簡単に操作できるだけでなく、患者が一人で操作することも可能です。オピオイド依存から脱却するための代替手段になるほか、取得した生体・行動データからのインサイトも取得できます。痛みを和らげるためのVRに関する長年の科学的・臨床的研究にもとづき、経験の質、臨床的適合性、および有効性の基準を設定。同社が発表する各種の研究9)で、エビデンスも示されています。

8)firsthand(https://firsthand.com/health-software/)

9)VR PAIN RELIEF CLINICAL AND SCIENTIFIC VALIDATION(https://firsthand.com/vrpr-research/)

呼吸をコントロールし不安を緩和「DEEP」

DEEP10)は、呼吸によってコントロールされる瞑想にも似たVRゲームを提供しています。ゆっくりとした深い呼吸で動きをコントロールすることで、プレイヤーの不安感を緩和。自己探求的で視覚的に美しい水中の風景と、バイオフィードバックの仕組みが活用されています。過去4年間にわたり、ラドバウド大学の研究パートナーとGames for Emotional and Mental Health Labは、不安を抱える人々への介入策としてDEEPの有効性を実証してきました。もともとは研究施設や病院、ギャラリーなどでしか体験できませんでしたが、パンデミックを機に方針変更。Oculus Quest用に「DEEP QUEST」を再開発しています。

10)DEEP(https://www.exploredeep.com/)

パンデミックにも対応できる、非接触型の医療を

イメージ画像:VRの医療への応用

2010年代以降、少しずつ社会実装が進められてきた、ゲーミング医療におけるXR活用の最前線を紹介しました。VRゲームを活用することで、誰しも手軽に、場所や設備、医師のスキルへの依存が比較的少なく、高クオリティの医療の恩恵を受けることができるでしょう。

もちろん、乗り越えるべき課題もまだまだあります。たとえば、あらゆる新しいテクノロジーに付き物であるように、法規制や情報セキュリティ、安全性などの懸念をいかに乗り越えていけるかは、今後のカギとなっていくでしょう。

しかし、新型コロナウイルス感染症のパンデミック収束の兆しも見えない昨今、非接触型の医療のニーズが増していくことも確かでしょう。そんな中で、ゲーミング医療におけるXR活用は、重要領域の一つとなっていくのではないでしょうか。