挑戦を続けられる、産官学連携の拠点を。高知大学医学部「医療×VR」学講座インタビュー:前編

挑戦を続けられる、産官学連携の拠点を。高知大学医学部「医療×VR」学講座インタビュー:前編

※この取材は2022年1月31日に行われたものです。

イメージ画像:「医療×VR」学講座参画メンバーの集合写真

遠隔医療、メンタルヘルスケア、ゲーミング治療、教育……医療におけるVR技術の活用が、急速に進んでいます。とりわけ、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、対面での医療や教育に大きな制限が課されたことで、その重要性はますます増しています。

国内でその最先端を探究する組織が、2021年3月に高知大学医学部に設置された、研究開発組織「医療×VR」学講座です。高知大学、高知県立大学、高知工科大学、そして精神疾患向けにVRを用いた新たな治療手法を開発しているベンチャー企業・株式会社BiPSEE、VR/AR/MR技術に強みを持つベンチャー企業・株式会社Psychic VR Labとタッグを組み、「医療×VR」に関する産学連携の研究・臨床拠点を構築中です。

「医療×VR」学講座は、どのような組織なのでしょうか? そのビジョンと取り組みの軌跡を深掘りするインタビューを実施。前編では、同組織を主導する高知大学医学部長・菅沼成文先生に、「医療×VR」学講座の立ち上げの背景と室戸市での実証実験、そしてオープンイノベーション拠点「MEDi」の全体像を聞きました。

日本初「医療×VR」のエコシステムを構築する

イメージ画像:高知大学医学部のバーチャルキャンパスをイメージしたVRプラットフォーム

「医療×VR」学講座が掲げる使命は、医工連携を基盤とした日本初の「医療×VR」の“MedTechEcosystem”の構築です。菅沼先生は取り組みの背景にある思いを次のように語ります。

「わたしたちは、VRデジタル治療薬と地方で機能する遠隔医療の実践を行い、国内外の指針となる医療VRガイドラインを策定する学際的な拠点を創造することを目指しています。その先には、外部の企業・教育機関と共同で組織を新たに立ち上げ、VRデジタル治療薬の臨床研究にとどまらず、『医療×VR』学における研究成果をいち早く臨床応用していきたい──すなわち医療テクノロジーのエコシステムを構築したいと考えています」

医師から起業家までさまざまな領域の専門家を組織メンバーとして集め、外部民間企業・研究機関とも連携しながら、研究の枠を超えて進めていく「医療×VR」技術の事業化。その柱は、主に以下の3つです。

① VRデジタル治療薬の薬事承認と臨床応用の基盤を創造

心療内科医師でもある松村雅代先生が代表取締役CEOを務め、精神疾患向けにVRを用いた新たな治療手法を開発している株式会社BiPSEE。「医療×VR」学講座では松村先生を中心に、日本初の「VRデジタル治療薬」の薬事承認を目指しています。

高知県3大学、そしてXRクリエイティブプラットフォームSTYLYを提供する株式会社Psychic VR Labと連携。現在臨床研究が行われているBiPSEEプロダクトの薬事承認を実現し、医療過疎と高齢化に直面する高知県の医療課題に応える臨床モデルの構築を推進します。そのプロセスを汎用化し、高知大学医学部にVRデジタル治療薬の薬事承認と臨床応用を担う基盤を創造することも視野に入れています。

② 国内外医療分野におけるVR活用のガイドラインを策定

医療領域におけるVRの活用には、高い安全性と倫理基準が求められます。学際的な枠組みでVRデジタル治療薬の開発・薬事承認・臨床応用を進めることで初めて得られる知見を、アカデミアの基盤で整理することで、ガイドライン策定を牽引していくことを目指しています。

③ VR空間での基礎・臨床研究を推進するためのプラットフォーム構築

VR空間内に、遠隔でデジタル治療薬の開発から臨床まで行えるプラットフォームを共通基盤として整備することで、効率的な研究開発体制の構築を目指しています。コロナ禍において求められる非接触・非対面での研究環境を実現するだけでなく、国内外の研究者や医療機関との、VRを用いた共同研究を実現していきます。

現在はVR/AR/MRクリエイティブプラットフォーム「STYLY1)」を提供する株式会社Psychic VR Lab代表取締役・山口征浩さんが中心となり、「VR上に高知大学医学部のバーチャルキャンパスを作る」というイメージで、VRプラットフォームを開発中です。

その他にも、高知大学に蓄積されている医療情報をベースとした、災害時におけるPHR(個人の健康や医療にかかわる情報)活用の促進、遠隔診療やVRを活用した医療教育を担える人材の養成などに取り組んでいます。

1)STYLY(https://styly.cc/)

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◆進行する、室戸市での実証実験
◆市内に設置したオープンイノベーション拠点「MEDi」
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進行する、室戸市での実証実験

「医療×VR」学講座は、大学外での実証実験にも積極的です。そのフィールドとして現在メインに据えられているのが、高知県室戸市です。山口さんが中心となり、同市のVRを活用した新型コロナウイルス感染症のワクチン接種研修に、VR/AR/MR開発を手がける株式会社イマクリエイトの開発した「VR注射シミュレーター」を提供しました。

数年前に急性期の医療機関がゼロになってしまった室戸市の市長・植田壯一郎さんが危機感を抱き、高知大学医学部に相談を持ちかけます。そして同学部内に所属する室戸市出身の医師が自主開発し、幡多地域での展開に成功していたデジタル医療情報を共有する地域包括ケアシステムを、室戸市にも展開することを決定。同学部としては初の自治体との覚書締結を経て、室戸市とのコラボレーションが開始されました。

取り組みを進めていくなかで、菅沼先生は医療不足の背景にある、より根深い課題に気づいたと言います。

「当初は医療人材の不足をICT活用でカバーするという話かと思っていたのですが、一番の問題は働き口の不足、すなわち産業に関わる問題だと認識するようになりました。医療提供のみならず、ベンチャー企業がPMDA(医薬品医療機器総合機構)による規制という壁を乗り越えるための支援を行いながら、他の大学やベンチャー企業と共同で産業創出に取り組める、オープンイノベーションの体制を作らなければならない。そうでなければ、根本的な問題解決にはならないはずです。」

高知県は、人口10万人あたりの医師数が全国3位で、国際的な課題である「医療過疎」や「高齢化問題」について積極的に取り組んできた地域です。「医療×VR」学講座において、産学官民連携を基盤としたVR治療モデルを構築することで、国際的な地方創生のモデルケースになることまで見据えているそうです。

市内に設置したオープンイノベーション拠点「MEDi」

イメージ画像:オープンイノベーション拠点「MEDi」内の様子

「医療×VR」学講座の開設から半年が経った2021年9月には、そうしたオープンイノベーションによる産業創出の拠点として、「高知大学医学部オープンイノベーション拠点 MEDi」が高知市内中心部に開設されました。

高知の地域課題を実践的に解決するため、異なる領域のエキスパートたちの領域横断的なコミュニケーションが生まれる「地域共創の場」を目指しています。

MEDiでは、「ワークスペース」「スクール」「コミュニティー」の3つの機能を軸に、地方におけるイノベーション創出の仕組みを構想中。ワークスペースには、デジタル治療薬・オンライン診療・遠隔医療など、医療テクノロジー領域における事業を推進する企業の入居を予定していると言います。

入居企業は、高知大学・高知県立大学・高知工科大学の3大学と連携し、技術提供やアドバイスを受けながらビジネスを推進できます。行政との連携により、実証実験のサポートを受けることで、社会実装を加速させることも可能。

他にも、社会実装の際に欠かせないクリエイティブやアート面でのサポートなど、イノベーションに必要な要素を探りながら、地域での挑戦を後押しする最適なエコシステムを構築中です。

失敗が許され、挑戦し続けられる場所を

MEDiを立ち上げる際、菅沼先生が念頭に置いていたのが、以前より高知大学と親交のある、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)でした。同校のRady School of Managementで、日本の大学のマネジメント層が集まって行った産学連携の勉強会がきっかけとなり、産学連携への関心を大きく強めたと言います。また、UCSDの農業振興の大学としての設立、海洋研究所、設立後60年の挑戦する医学部という要素が、高知大学にも見出せる(活発な農林海洋学部、世界に三つしかない海洋コアセンター、新設医科大学と統合)ことから、高知を日本のサンディエゴにと提唱しています。

同校の取り組みの中で特に印象的だったというのが、「アジャイルセンター」。企業が毎年一定額の資金を寄付したうえで、大学の教員と垣根なく議論し、新しい知財やモノを生み出していく。そうした取り組みがMEDiの開設にも大きな影響を与えたそうです。

そもそも高知大学医学部には、かつて高知工科大学とコラボレーションしてパナソニックの乗馬フィットネス機器「ジョーバ」を開発するなど、医工連携に積極的に取り組んできた経緯があります。そうした挑戦を後押しする文化を、より一層明確な形で推進していくべく、MEDiが創設されました。

「大学というのは挑戦をし続けられる場所です。研究で一回目から当たることはまずなく、たいていは失敗する。ですから、大学は挑戦を続けられる場所でなくてはなりません。同じように、起業も全てが成功するとは言えないわけですが、挑戦をしないと成功も出てこない。失敗が許され、でも成功確率を高めるためにさまざまなサポートを得られる場所を作りたくて、MEDiを立ち上げたのです」

前編では、菅沼先生に「医療×VR」学講座、室戸市での実証実験や高知市内のオープンイノベーション拠点「MEDi」の全体像と背景に込めた想いを聞きました。後編では、「医療×VR」学講座がベンチャー企業にもたらす具体的なメリットと、モデルの全国展開も見据える今後のビジョンに迫ります。