都市計画、ロボット、製造業、自動運転…デジタルツインがもたらす、新しいテクノロジー活用の地平

都市計画、ロボット、製造業、自動運転…デジタルツインがもたらす、新しいテクノロジー活用の地平

イメージ画像:サイバー世界のスマートシティとデジタルランドスケープ

いま、「デジタルツイン」というテクノロジーが注目され始めています。デジタルツインとは、現実空間にある情報をさまざまなIoT機器でセンシングし、そのデータを使って仮想空間でリアル空間を再現する技術全般のことを指します。

現実に近い空間をリアルタイムで再現できるという特性を活かし、大規模な都市開発におけるシミュレーションや、自動運転に必要なデータ収集など、さまざまな用途への活用が期待されています。

本記事ではデジタルツインの活用法と、その具体的な事例について紹介します。

デジタルツイン上で、新しい業務運用をシミュレーションしてみる

イメージ画像:電気自動車のデジタルツインコンセプト

ここ数年、「デジタルツイン」という言葉を目にすることが増えています。「デジタルの双子」を意味するこの言葉は、物理的な空間情報をリアルタイムで収集して、仮想空間上に再現する、つまり双子を作ることを意味します。

しかし、デジタルツインという言葉は聞いたことがあっても、具体的にどのように役立っているのか、イメージが湧かない方も多いのではないでしょうか。本章ではデジタルツインがどのように用いられているのか、一例をご紹介いたします。

・現実空間のデジタルツインを構築する

まずは自分たちが使えるデジタルツインを構築します。必要な装置は、私たちが普段使用している可視光カメラに加えて、LiDARというレーザー光を照射し、物体に当たって跳ね返ってくるまでの時間から物体の形状を把握する装置などです。

こうして取得したデータは、主に「3D点群データ」という形式になります。これを建設業界などで主に使用されている「BIM」「CIM」などのツールへ移行して3DCG化。さらにこのデータを、「Unity」や「Unreal Engine」などゲーム制作等にも用いられるソフトに移行することで、仮想空間の構築や編集をする準備が整います。

・現実世界の状況をデジタルツインに反映させる

ここまでで、いわゆる「仮想空間」が完成しました。しかし、デジタルツインの特長は現実世界との同期性にあります。3Dデータを、IoTによるリアルタイムのデータや衛星データなどを用いて更新することが重要になります。

近年のデジタルツイン技術の進歩を、非常によく体感できるのが「Google Earth」1)です。このGoogleが開発したバーチャル地球儀システムでは、衛星写真・航空写真が見れるだけでなく、街の立体的なモデルを閲覧できます。これは、街の3Dモデルに衛星からのデータをAIを用いて貼り付けることで実現されています。

写真データだけではなく、例えば工場のデジタルツインであれば、工場内部にあるIoTセンサーから得られたデータを仮想空間上に表示するといった設定を行います。

・デジタルツイン(仮想空間)を表示する

作成したデジタルツインは、当然そのままでは目に見えず、何らかのデバイスを通して表示する必要があります。現在はVRヘッドセットや、スマートフォン・タブレットを使ってARとして表示する方法が主流です。また、近年ではメガネ型のウェアラブル端末「スマートグラス」の開発も進んでおり、メガネを装着するだけでデジタルツインの空間を表示できるようになる可能性があります。

イメージ画像:街のデジタルツインコンセプトイメージ

・シミュレーションする

デジタルツインの空間は、表示するだけでなく環境を操作できることがポイントです。たとえば工場のデジタルツインでは、いま現実世界に置かれている生産ラインを動かすことで、そこで働く人の動線がどれだけ簡略化されるか、生産性の向上が測れるかといった点をシミュレーションできます。

このようにシミュレーションを通して業務の自動化・最適化を現実世界への影響なしにテストしていけることが、デジタルツインの業務活用において重要なポイントになります。

1)Google Earth(https://www.google.co.jp/intl/ja/earth/)

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都市計画から医療まで──デジタルツインの幅広い活用領域

イメージ画像:工場でのタブレットを使用した機器の視覚化

では、デジタルツインはどのような領域で活用されるのでしょうか?

都市計画(スマートシティ):行政サービスにおける生産性向上や、都市内での混雑緩和に用いられます。また、災害のシミュレーションやモニタリング、スマートシティ化を推進する際に研究用のオープンデータとして一般公開します。

交通・エネルギー:都市において大規模なインフラ工事を実行する際に、付近にどのような影響を及ぼすのか予測します。また渋滞の解消や、道路整備のシミュレーションにも用いられます。電力エネルギーや、通信の最適化などを行います。

建設:主に工事の進捗管理に使用します。まず、BIMで完工後の建物の3Dデータを作成します。そこにLiDAR等で計測した工事途中の3D点群データを重ね合わせて、進捗状況を比較します。進捗率の数値化だけでなく、設計通りに工事が進んでいるかも確認できるのが特長です。

不動産:実際の建物をデジタルツイン化し、今後どのように建物が劣化していくか、どんなメンテナンスが必要か予測します。また、BIMデータ等を活用した資材管理や、IoTのデータをリアルタイムにトラッキングしながら現在の建物の活用状況を解析します。

製造業:工場で製造する製品の3Dレンダリングや、工場のオペレーション最適化に用いられます。工場の機材配置やオペレーションをシミュレーションしたり、工場内で使用する機械やロボットの動作確認等も行えます。

自動運転/ロボット:自動運転やロボットの学習をデジタルツイン上で行います。ロボットに装着されたLiDARによる点群データ、高度センサや深度センサなどからデジタルツインを作成することで、正しい経路を把握したり、障害物や人間との衝突を回避できます。

医療:人間の解剖学的・生理学的データを収集し、患者のレプリカのようなデジタルツインを構築することで、患者ごとに適した精密医療を提供します。また、医療機器や病院そのものをデジタルツイン化には、治療の効率化や安全性の向上が期待されています。

巨大なスケールで動く、海外デジタルツインプロジェクト動向

これまでの活用領域を踏まえて、デジタルツインは実際にどのように活用されているのでしょうか。まずは海外の事例から見ていきます。

国土を丸ごと3Dデータ化する──Virtual Singaporeプロジェクト

リー・シェンロン首相が推進する、デジタル技術を活用して国民の生活を豊かにする構想「スマートネイション」の一環として行われている、デジタルツイン化実験です。人口密度が高く、都市開発が盛んなシンガポールでは、交通網の渋滞や建物の建設時の騒音が課題になっています。また、政府機関や各省庁がデータ連携できていないことで、工事に無駄が多いことも難点でした。2)

本プロジェクトでは、仮想空間上にシンガポールの都市を再現し、3Dモデリングによってさまざまなシミュレーションができるアプリを導入しました。道路やビルを新設した際に車の流れがどのように変化するか試したり、工事の進行度を可視化して効率化につなげたりする目的のために利用されています。

移動データなどを用いて混雑を緩和する──中国湖南省の地下鉄デジタルツイン

世界で最も人口が多い中国は、公共交通において課題を抱えがちです。中国政府は、44都市で運営する鉄道交通のシステムを、2035年までに刷新することを決めています。3)

湖南省長沙市では1日の平均乗客数が200万人を超え、この駅の混雑を解消するためにデジタルツインを導入しました。駅のマネジメント効率が10倍に高まり、管理に従事する要員を1割削減するに至ったと報告されているそうです。4)

デジタルツインでは、現在の乗車率や密度がわかるだけでなく、駅構内のセンサーなどで検知された利用者の移動ルートなども把握できます。乗客の「年齢」「性別」「移動速度」「荷物の有無」などの属性をデータとして確認し、駅に来てから離れるまでの滞留時間を予測。駅全体の混雑予測にもとづいて、改札や入り口を閉鎖するといった対策を施し、人の流れを制御することで混雑緩和につなげています。

クリエイターから製造業界まで、デジタルツイン技術を民主化する──NVIDIA OMNIVERSE

NVIDIA Omniverseは、3Dデザインやリアルタイムシミュレーションに用いられるプラットフォームです。ゲーム制作だけでなく、建設業、製造業といった幅広い領域で、法人・個人問わず利用されています。

たとえば、建設業領域では、初期のコンセプト設計段階からデジタルツインのデータを作成。完工後の状態を再現することで、都市計画におけるプロジェクト全体の合意を取ったり、施工にかかわる人々に完工イメージの共通認識を持ってもらったりすることが可能に。

また製造業領域においては、物理シミュレーションにより工場全体をデジタルツイン化。製品設計での3Dデータ作成にはじまり、工場のレイアウトを動かすことでオペレーション改善案を検討したり、工場内で動く製造用ロボットの動きをデジタルツイン内で学習させたりといったことが可能になります。

イメージ画像:地球を丸ごとデジタルツイン化するコンセプト

地球を丸ごとデジタルツイン化する

地球規模のデジタルツインである「デジタル地球」の開発を目指すオーストラリアのスタートアップです。完成したデジタルツインデータは、フライトシミュレーターや空港のロジスティクス等に使用。また地理空間の分析により、災害時のリスク分析や通信信号の解説などに使用可能だとされています。

日本から世界を狙う、野心的なデジタルツインプロジェクトたち

デジタルツインの活用が進んでいるのは海外だけではありません。日本でもスタートアップを中心にビジネス化が進められており、また政府主導のデジタルツインプロジェクトも始まっています。

日本の都市のデジタルツインを政府主導で無償提供──Project PLATEAU

国土交通省が主導するデジタルツインプロジェクトです。日本の都市を3Dモデル化し、その整備の推進を目的としています。CityGMLというデータフォーマットで制作された3D都市モデルはオープンデータとして公開されており、大学や民間企業が研究開発等に自由に使用することができます。

公開されたデータは、防災や都市活動のモニタリング、地域活性化分野をはじめ、ARを体験するゲームなどにも活用されているそうです。

さまざまなIoTデータを統合し、誰でも簡単に自分のデジタルツインを構築できる──Symmetry Dimensions Inc.

空間や都市におけるさまざまな種類のデータを統合、解析するプラットフォーム「SYMMETRY DIGITAL TWIN CLOUD」を提供しています。人流や交通、気象情報、IoT、BIM・CIM、点群データ、人工衛星データを使って、ユーザー独自のデジタルツインを構築できます。

また、作成されたデジタルツインのデータは、VR・ARやスマートフォン、PCなど、さまざまな形で簡単に表示できます。

倉庫のデジタルツインでロボットの行動制御や在庫管理

イメージ画像:倉庫をデジタルツイン化するために活用されるロボット

ロボティクス領域では、倉庫などの空間をデジタルデータとして取り込んでデジタルツイン化。産業機械との連携などに使用しています。特に倉庫内のロボットがマップデータやリアルタイムの映像データから人や物を認識し正しい経路を把握して、衝突を回避するといった動きを取れるようになります。また、資機材情報と空間座標をデジタル管理する機能もあり、確認作業や機材を探す工数を削減できます。

日本発・全世界をデジタルツインにする野心的プロジェクト

地球全体のデジタルツイン化を目指す、日本発のスタートアップ企業です。人工衛星とAIで作る、無料のデジタルツイン・プラットフォームを開発しています。

衛星データと3DCG技術を活用し、バーチャル空間にもう1つの世界を自動生成。すでに世界で最も高層ビルが立ち並ぶニューヨーク市のマンハッタン地区の自動生成に成功し、このモデルを世界中に展開する準備を進めています。

ここまでデジタルツインの特徴と、該当する国内外の事例を紹介してきました。「デジタルツイン」という概念が先行するなか、実際にビジネスとして活かすために各社は試行錯誤を続けています。

現在、デジタルツインは製造業や建設業、スマートシティなど、従来から3Dデータを利用していた領域から先行して活用が進んでいます。さらに、今後普及が見込まれている自動運転車の制御や、需要が増加し続ける物流領域の改革、そして人体のデジタルツインによる医療の進歩に至るまで、私たちの生活を効率的かつ、安全・安心にしていくことが予想されます。インターネット空間が現実空間に影響を与える、今後の大きなトレンドに注目です。

2)シンガポールが国土を丸ごと「3Dデータ化」する理由(https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1710/27/news048.html)

3)Full Text:Sustainable Development of Transport in China(http://www.scio.gov.cn/zfbps/32832/Document/1695320/1695320.htm)

4)“デジタルツイン”って何だ?!(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220425/k10013594101000.html)