脳や身体のデジタルツインはいかにして「医療」を変えるのか? その最前線を知る

脳や身体のデジタルツインはいかにして「医療」を変えるのか? その最前線を知る

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さまざまなIoT機器で現実空間にある情報をセンシングし、そのデータから仮想空間でリアル空間を再現する「デジタルツイン」。現在、医療領域においてAIを用いた生体情報処理技術などと組み合わせて、デジタルツインを活用する動きが進んでいます。

身体に取り付けたセンサーがリアルタイムにデータを取得し、デジタルツイン上で病気などの予兆を判別する。あるいは、病気の手術のシミュレーションを仮想空間上で再現できる。そのような、デジタルツインが医療領域にもたらす可能性について紹介します。

従来のシミュレーションとは異なる「デジタルツイン」の医療活用

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医療領域において、デジタルツインを活用するメリットはどのようなものでしょうか。また、従来の「シミュレーション」とはどのように異なるのでしょうか。

まず挙げられるのが、病気の早期発見や予防医療への活用可能性です。患者からセンサーで日常的に生体データを取得することで、生活習慣病などの健康リスクを判定し、患者に合わせた病気の発症予測も可能になります1)

次に、高難度手術への応用可能性があります。たとえば、患者の脳や心臓、その他の臓器など生死にかかわる部位は、治療リスクが高いという課題があります。しかし、たとえば患者の心臓などの部位をバイオデジタルツインで再現することで、患者がリスクを伴わずに手術や治療のシミュレーションができます。

ここでのポイントは、「治療の個別化」です。デジタルツインが単なるシミュレーションと異なるのは、「50代男性」のような一般的なモデルではなく、その人ごとに個別化された仮想モデルが作成可能なことです。バイオデジタルツインはDNAの解読などを通して、患者ごとの身体を反映する形で作成されるため、より一人ひとりに最適化された治療法や投薬などを可能にします2)

デジタルツインはあくまで医師の診断を補助するツールです。そのため、最終的な見極めや治療方針の確定は、従来どおり医師が行うことになります。しかしながら、より病気の予防にも治療にもメリットがあり健康寿命の延伸をサポートしてくれます。

1)NTT(https://www.rd.ntt/research/JN202105_13483.html)

2)NTT(https://www.rd.ntt/research/JN202105_13473.html)

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◆筋肉、心臓、脳のデジタルツイン活用例
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「仮想人間」による診断が可能に

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「身体のデジタルツイン化」をいち早く進めている取り組みが、ロンドン大学ユニバーシティカレッジが主導するコンソーシアム「CompBioMed」によって提供されている「Virtual Human Project」3)です。

同プロジェクトでは、X線、CATスキャン、MRIなど、さまざまな種類の患者データを組み合わせて、個人の身体的・生物医学的情報のシミュレーションを臨床診断のため生成し、パーソナライズされた「仮想人間」のアバターを作成します4)

人体は非常に複雑な機械のような構造をしており、それぞれがユニークです。すべての人にとって役立つ万能な一つの薬や、臨床装置、ライフスタイルはありません。その前提の下、医師は「仮想人間」によって正確な診断が可能になり、患者ごとに固有な身体のデータに基づいて医療介入が可能になります。

また、ライフスタイルや投薬を変更することで、生活の質や老化にどのような影響があるのかをモデル化して、たとえば脳卒中のリスクを予測できる可能性があります4)

患者の循環器系や赤血球の動きをシミュレートすることで、怪我後の失血を防ぐプロセスなどへの洞察が得られることも特徴です。欧州では心血管疾患が突然死の半分を占めているなか、将来的には、仮想心臓が患者ごとに固有な心臓の働きを明らかにして、疾患への予防に使えるかもしれません4)

また、リアルタイム性を活用した介護等への導入も検討されています。「Golem」は、健康面に不安があるひとり暮らしのお年寄りなどのデジタルツインを開発し、有事の際に備えて介助者の健康状態をモニタリングするサービスです5)。もし患者が病気にかかり助けが必要になった場合は、介護者に救急通報を送るといったことができます。

3)Virtual Human Project( https://www.ucl.ac.uk/biosciences/home/study/partnerships-and-innovation/innovation/virtual-human-project)

4)Virtual Human Project( https://atos.net/en/blog/the-virtual-human-digital-avatars-that-are-advancing-healthcare)

5)Golem( https://golem.at/index.php?id=digital-twin-for-ambient-assisted-living)

筋肉、心臓、脳のデジタルツイン活用例

ここからは、デジタルツインを体の各部位ごとに適用した、それぞれ代表的なプロジェクト3つを説明します。

筋肉のケアプランを提案し、リハビリを促進する「Hinge Health」

「デジタル筋骨格クリニック」を名乗るHinge Health6)は、筋骨格系(MSK)ケアに対して最も応答性が高く、パーソナライズされた全身アプローチを提供しています。

同社は、人間の動きを測定するためのコンピュータービジョンプラットフォームの開発者であるwrnchを買収7)。モーションセンサーなどを使って人間の体の動きを追跡・解析するテクノロジーによって、強度、柔軟性、バランス、持久力全体で患者の機能的能力を客観的に測定し、その人ごとに合わせてパーソナライズされたケアプランを提供しています。

また、頭、首、手などの治療が難しい領域のリハビリを改善する臨床ケアプログラムも提供しています。

デジタルツインの心臓を開発する「Echoes」

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The ECHOES Project8)は、英国の心臓血管研究慈善団体「British Heart Foundation」が推進する、心臓のデジタルツインに取り組んでいるプロジェクトです。

デジタルツインの心臓では、特定の心臓薬の効果について安全性テストが行われたり、手術前に心臓カテーテル介入と心臓手術をシミュレートして成功確率を計算したりする研究が行われています。

なお、ドイツの医療機器メーカーSiemens Healthineersも同様の技術の開発に着手しています9)。その他、欧州の「心臓病学」では、心臓のデジタルツインを病院で実用化する方向へ研究が進んでいます。*1

脳のデジタルツインで非侵襲的手法の実験を予定する「Neurotwin」

Neurotwin10)は、患者の脳全体のコンピューターモデルを構築する、EUが資金提供しているプロジェクトです。

脳のデジタルツインによる脳神経の刺激治療により、てんかんやアルツハイマーといった神経疾患の治療における効果の予測を目指しています。てんかん患者の中でも、薬物療法に効果がない人に対して電流を流すなど非侵襲的な手法を用いることで、痛みを伴わずに発作の頻度と強さを緩和できるという仮説をデジタルツイン上で検証予定です11)

2023年以降の実験が成功すれば、この技術を応用して多発性硬化症や脳卒中のリハビリ、うつ病への効果など、脳のほかの特徴についても研究を進める予定です。

デジタルツインの医療領域での活用は、まだ研究と実証実験の途上にあります。しかしながら、欧州を中心に医療現場への導入を視野に入れた研究が進んでいます。私たち一人ひとりがバイオデジタルツインを保有し、それが病気の予防や、発病時の治療に活用される日はそう遠くないのかもしれません。

6)Hinge Health(https://www.hingehealth.com/)

7)Hinge Health(https://www.hingehealth.com/hinge-health-acquires-the-most-advanced-computer-vision-technology/)

8)The ECHOES Project(https://echoes-digitaltwin.org/)

9)Siemens Healthineers(https://www.siemens-healthineers.com/perspectives/mso-solutions-for-individual-patients.html)

10)Neurotwin(https://www.neurotwin.eu/)

11)Neurotwin(https://wired.jp/article/the-quest-to-make-a-digital-replica-of-your-brain/)

<出典>

*1
Jorge Corral-Acero, Francesca Margara, Maciej Marciniak, Cristobal Rodero, Filip Loncaric, Yingjing Feng, Andrew Gilbert, Joao F Fernandes, Hassaan A Bukhari, Ali Wajdan, Manuel Villegas Martinez, Mariana Sousa Santos, Mehrdad Shamohammdi, Hongxing Luo, Philip Westphal, Paul Leeson, Paolo DiAchille, Viatcheslav Gurev, Manuel Mayr, Liesbet Geris, Pras Pathmanathan, Tina Morrison, Richard Cornelussen, Frits Prinzen, Tammo Delhaas, Ada Doltra, Marta Sitges, Edward J Vigmond, Ernesto Zacur, Vicente Grau, Blanca Rodriguez, Espen W Remme, Steven Niederer, Peter Mortier, Kristin McLeod, Mark Potse, Esther Pueyo, Alfonso Bueno-Orovio, Pablo Lamata
The ‘Digital Twin’ to enable the vision of precision cardiology:
European Heart Journal, Volume 41, Issue 48, 21 December 2020, Pages 4556–4564, https://doi.org/10.1093/eurheartj/ehaa159