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医療現場での活躍も期待される、ハプティクス技術。遠隔医療、医療シミュレーション、仮想手術などのユースケースから考える実装例
医療現場での活躍も期待される、ハプティクス技術。遠隔医療、医療シミュレーション、仮想手術などのユースケースから考える実装例

ウェアラブルデバイスなどを装着し、力や振動などで皮膚感覚へフィードバックを与える技術「Haptics(ハプティクス)」。
メタバースへのより高い没入体験をもたらすとして、Meta(旧Facebook)社などが積極的に研究開発を推進するこの技術。デジタル空間上で遠隔でも人間同士が温もりのあるコミュニケーションを交わせるだけでなく、触覚を通じて現実世界のロボットに繊細な動作を実行させることもできます。
ハプティクスに関する研究開発のなかでも、遠隔医療や外科手術ロボット、医療従事者のトレーニングなど、医療領域においても研究開発が進んでいます。
医療領域に応用されることで、人々の健康寿命を延伸する可能性を秘めたハプティクス技術について本記事ではご紹介します。
ハプティクスが医療現場で注目される理由

触覚をつくり出すハプティクス×医療領域は、大きな成長が見込まれています。ハプティクスのなかでも、世界の外科手術向け触覚フィードバック技術の市場は14.6%の年平均成長率で推移し、2020年の2280万ドルから、2031年には1億140万ドルの規模に成長すると予測されています。1)
「力覚」「圧覚」「触覚」を特徴とするハプティクス技術ですが、医療では触覚が重要になる局面は非常に多いと考えられます。2)例えば、触診はさまざまな局面で用いられ、術中にも内部組織の触診によって手術の進行が決定されることも多い。指で直接触れない場合でも、鉗子などの器具を介して患部の状態を確かめながら処置を進める際にも触覚が活用されます。*1
遠隔でも患部の手触りや質感、硬さや柔らかさ、弾力性などを感じられれば、あたかもそこに患者がいるのと同じように診察ができるかもしれません。
現場の看護スタッフが手術用マシンをセットアップし、患者の準備を整える。外科医は手術室には行かずに、ハプティクス技術を用いた力触覚のフィードバックをもとに手術を実施する未来がやってくるかもしれません。
2)MIRAISENS,inc.(https://www.miraisens.com/ja/technology.html)
遠隔手術や介護現場における期待

現代のハプティクス市場において需要が多いのが手術であり、遠隔操作のロボットを使った低侵襲手術の研究が積極的に進められています。遠隔で手術を行う際に、外科医は「機械の操作をする」のではなく、自分の手が患者に触れているように感じられます。
これには、患者側ロボットが触覚情報を取得するための触覚センサーと、患者や縫合糸などの手術材料に指先が接触していると外科医に認識させる触覚ディスプレイが必要です。*2
力触覚伝送をする医療用デバイスはさまざまな大学や企業が中心となり、デバイスやコントローラーなどの治療機器や技術の研究が進められています。3)
また福祉や介護、看護の領域でもハプティクス技術は有効です。人間は位置や姿勢が刻々と変化するため、瞬時に力触覚を伝送する技術が重要です。3)
優しく丁寧な介助ができるロボット機器をつくるためには、介助者の負担を軽減しながらも、被介助者に無理な姿勢を強いないハプティクス技術の活用が期待されます。
3)慶應義塾大学ハプティクス研究センター(https://haptics-c.keio.ac.jp/research/)
外科医のトレーニングから人工皮膚まで──ハプティクスを医療に応用した具体例
では、ハプティクス技術を医療に応用した具体的なサービスには、どのようなものがあるのでしょうか。
外科医のトレーニング用サービス:Fundamental Surgery

Fundamental Surgeryは、VRとハプティクスを組み合わせて、「フライトシミュレーター」のような外科医の訓練用プログラムを提供するサービスです。4)
実際の外科手術と同じような視覚、音、触覚をVRによって訓練生は体験し、映像によるナビゲーションを受けられます。例えば、VR内で脊椎に沿ってバーチャルなメスを上下に動かすと、それに連動する現実世界の端末に抵抗が生じて、ナイフの先端が椎骨に当たるような弾力性を感じられます。
同サービスを提供するFundamentalVR社5)のCEOであるリチャード・ヴィンセントは 「VRは外科医にとって馴染みが深いトレーニングツールであり、長年にわたって使用されてきたものだ」と語ります。6)
触覚フィードバックによって、外科医は手術本番を擬似的に体験できるわけです。
4)FUNDAMENTAL SURGERY(https://fundamentalsurgery.com/about/)
5)FUNDAMENTAL VR(https://www.fundamentalvr.com/)
VR用のハプティクスグローブ:HAPTX GLOVES DK2
HAPTX GLOVES DK2は、xR空間上での自然なインタラクションを可能にするVR触覚デバイスです。同プロダクトを開発するHaptX社では、リアルな触覚フィードバックをもたらす技術を開発しています。
HaptX Glovesには特許取得済みのマイクロ流体技術が用いられており、130点のタッチフィードバックや、1本の指ごとに生じる抵抗力のフィードバックにより、サブミリ単位の精度で手の動きを追跡可能です。7)
また、HAPTX GLOVES DK2はFundamental Surgeryのプラットフォームと連携可能です。3D Systems社のTouch™8)といった汎用のハプティクスデバイスと組み合わせることで、より幅広い外科医に訓練の機会を提供できます。9)
8)3D SYSTEMS(https://ja.3dsystems.com/haptics-devices/touch)
9)TECTAELS(https://tectales.com/ar-vr/fundamental-surgery-integrates-haptx-glove-into-platform.html)
ロボットの指先に触覚を与える人工皮膚:ReSkin

ReSkinは、Meta(旧・Facebook)がカーネギーメロン大学と共同開発した、人間の繊細な触覚をロボットに学ばせられるタッチセンサー合成人工皮膜です。
従来のロボット開発におけるハプティクス技術の弱点は、ロボットの機械装置部分と、物体と接触する皮膜が一体化していることでした。ReSkinでは両部位を分離可能にし、皮膜部分の取り外しができる汎用性と耐久性を実現しました。10)
また既存のロボットでは、装置とセンサーが一体型になっていました。そのため、センサーを交換するたびに再度新しいセンサーで触感を学習させる必要があり、実用性に乏しいとされる原因となっていました。しかし、ReSkinのセンサーは自動でキャリブレーションすることでこの課題を解決し、触覚に関するデータの一貫性を保てるようになりました。11)
開発元のMeta社はオープンソースでReSkinの設計モデルを公開しており、将来的なxR領域での活用が期待されています。12)
医療現場における遠隔のロボット触診にも使われはじめるかもしれません。
10)知財図鑑(https://chizaizukan.com/property/513/)
機械遠隔操縦用のインターフェース:DLR
「Haptic Human-Machine Interfaces(HUG)」は、ロボットを遠隔操作するためのハプティック・ユーザーインターフェースです。13) 2本の軽量ロボットアームにより、人間のオペレーターの動きを正確に測定すると同時に、離れた環境で発生する力を表示する技術開発をDLR社では行っています。14)
また、DLRではフォースフィードバックの技術を統合した両手操作用のロボット手術システムなども研究開発しており、スイスのForce Dimension社15)が市販している機器をマニピュレーターに据えて、力感知器具やロボットアーム、遠隔操作コントローラーを組み合わせた手術システムの開発を進めています。*2
ここまで概観したように、医療現場で求められる高い精度をクリアできるハプティクス技術の研究開発が世界各国で進められています。少子高齢化などの課題を抱える日本においても、不足する医療従事者を補うために遠隔診療などのイノベーションは急務だと言えるでしょう。医療現場にハプティクス技術などが浸透する日は、想像しているよりも近いかもしれません。
13)14)DLR(https://www.dlr.de/rm/en/desktopdefault.aspx/tabid-11704/#gallery/28737)
15)force dimension(https://www.forcedimension.com/)
<出典>
*1 小森 優, 触覚情報の医療応用 ~もう一つの 3 次元レンダリング~, 滋賀医科大学医学部生命科学講座, 2006年2月
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mii/23/4/23_4_108/_pdf/-char/en
*2 Allison M. Okamura, Haptic Feedback in Robot-Assisted Minimally Invasive Surgery, Curr Current Opinion in Urology: January 2009 - Volume 19, Issue 1, p 102-107