ハプティクスは、GAFAに日本が対抗できる領域。「動作データ」が秘めるインパクトを紐解く───慶應義塾大学ハプティクス研究センター・大西公平先生インタビュー(後編)

ハプティクスは、GAFAに日本が対抗できる領域。「動作データ」が秘めるインパクトを紐解く───慶應義塾大学ハプティクス研究センター・大西公平先生インタビュー(後編)

イメージ画像:慶應義塾大学ハプティクス研究センター・大西公平先生

ロボットに人間のような触覚や力加減を与えることができる制御技術「リアルハプティクス」。同技術の研究開発を進める、慶應義塾大学ハプティクス研究センターでセンター長を務める大西公平先生は、「遠隔操作」と触覚の「記録と再生」をハプティクスという技術を活かすポイントとして挙げています。

これらの新興技術は、医療の世界をどのように変化させていくのでしょうか。「遠隔手術」「遠隔診療」「医師のトレーニング」などが可能になるという見通しとともに、熟練医師の「動作データ」の取得により、さらなる高度な医療が可能になるかもしれない、と大西先生は将来的な展望を語ります。

「日本がまだGAFAに対抗できる領域かもしれない」と大西先生が語る、ハプティクス技術の未来予想について本記事ではお伝えします。

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遠隔手術・遠隔診療はもうすぐ実現する

──前編では、ハプティクスの技術の仕組みと、外科手術に応用される将来的な見通しについてお伺いしてきました。こうした技術を用いれば、例えば医師がいない僻地でもより良い医療を提供できるようになるのでしょうか?

イメージ画像:慶應義塾大学ハプティクス研究センター・大西公平先生

遠隔手術や遠隔診療はもうすぐ可能になると思っています。ハプティクスを用いた「遠隔操作」では、例えば200キロメートル先ぐらいまで距離を伸ばしても問題なく使えます。機械を遠隔操作する機材が中央病院に配備されており、かつ地方の診療所に遠隔手術用の機械が置いてあれば、中央病院から地方の病院にいる患者を遠隔手術できるはずです。

手術が必要な患者は、一刻の猶予を争うことが多く、15分の時間差が生死を左右することもあります。市街地にある大型病院ではなく、僻地の診療所でも運び込んですぐに手術ができれば、時間を無駄にせず適切な処置を施すことができる。また、ある技量以上のお医者さんが対応してくれることも、手術の成功率が上がる要因となるでしょう。

その際、患者が運び込まれた診療所では、看護師や助手の方が患者さんをケアします。消毒剤やベッドなど基本的な設備が揃っていれば準備は問題ありませんし、もしかすると例えば眼科の診療所などでも、遠隔手術用の機器さえあれば処置を施せるかもしれません。手術に必要な設備がもっと普及しさえすれば、近年の医療リソース不足を補ってくれるポテンシャルがあると思います。

──遠隔診療にも活用できるとおっしゃっていましたが、聴診器が体の音から健康状態を診断するように、ハプティクスでの診察もできるはずだと。

そうですね。看護師やヘルパーがグローブをつけて患者に触りながら様子を見るだけで、腹痛で苦しむ患者が腹膜炎なのか、もっとひどい腸捻転か、あるいは単なる苦痛なのかを判断できると思います。医師本人が往診で患者の家を回らなくても、遠隔で健康状態を診察できるのでとても効率的ですね。

さらに、触るだけでなく先端に超音波の発振器を付けてエコーでのデータを同時に取得する実験も進めています。こうした実験結果が蓄積されれば、いずれ精度の高い遠隔診療用の触診機も登場するはずです。

イメージ画像:

奥の機器にエアーダスターで吹き付けている空気圧を、手前の機械に触っている手で感じられる。

医療従事者のトレーニングでの活用

──国外ではハプティクスとVRを組み合わせ、「フライトシミュレーター」のような外科医の訓練用プログラムを提供する「Fundamental Surgery」のようなサービスも存在します。ハプティクスが医師のトレーニングに用いられている日本での事例はありますか?

すでに歯科ではバーチャル空間内で施術のトレーニングをする流れが進んでいると聞きます。近年、歯科医の研修では本物の歯を使って練習することへの風当たりが強くなっているそうです。ハプティクスとxRを組み合わせたトレーニングでは、歯を削るときちんと反力が返ってくるので、本物の口の中のように固い場所・柔らかい場所がそれぞれどんな感触か、どんな場所を削ってはいけないかといったことをよく学べます。

また心臓や血管などの循環器でもきちんとしたトレーニングが必要です。特に心臓の周りなどは手術の危険性が高く、繰り返しの練習が必要です。ハプティクスとxRの組み合わせは、技量が必要な手術のトレーニングとして有望ではないでしょうか。

──過去のインタビュー1)では「力触覚の数値化」による、医療スキルの熟達支援についても言及されていました。医師の技量のばらつきを、xRを使ったトレーニングで解決することはできるのでしょうか。

イメージ画像:慶應義塾大学ハプティクス研究センター・大西公平先生

できると思っています。例えば、ベテランの医師、中堅医師、研修医で外科手術の際に血管の吻合をしたデータを取ると、手術後に糸を締める力がバラバラだという結果が出たんです。そこでベテランと初心者の手術の差をデータ比較から導き出し、手術が上達する研修モデルを設計することが可能なはずです。

また、人間をトレーニングしなくても、ハプティクスの「記録と再現」の能力を活かせばロボットが手術しても良いはずです。手術のハプティクスの情報を数値化してロボットに覚えさせれば、ロボットはその手術を再現できます。今後は人間とロボットのどちらが手術をすべきか、安全性や治癒率など客観的なエビデンスをもとに検討されていくはずです。

──トレーニングが必要な人間と、完全な動きの再現が可能なロボット。それぞれの特徴から、どのような向き・不向きがあるのでしょうか?

人間がトレーニングをしなければ正確な動作ができないのは、無意識の行動が多いからです。それに対してロボットは、動作を数値で記録して明示的に再現できるものの、学習データが無ければ上手く動きません。だから、今後は人間がデータを提供する立場になり、ロボットがそれを再現する、という役割分担になるかもしれません。

例えば、技術力が極めて高い「神の手」を持つ先生の力触覚を含めた動作は、今からどんどんデータ化して記録していくべきだと思います。たくさんの人の力触覚を含めた動作データをロボットは取り込んで再現可能ですし、複数人の動作データを繋ぎ合わせて、過去の人間から一番その状況に適した動作データを呼び出すこともできます。さまざまな先生の動作データを学習したロボットは、人間の技を引き継いで進化していくのかもしれません。

1)インタビュー:大西公平教授(https://www.kgri.keio.ac.jp/research-synergies/talk-5.html)

ハプティクスを中心とした動作データ活用の可能性

──遠隔手術や遠隔診断、xRでのトレーニング、そしてロボットによる自動手術まで、ハプティクス研究の奥深い部分までお話が聞けました。今後、ハプティクスの研究の進展にはどのような期待を持たれていますか?

イメージ画像:慶應義塾大学ハプティクス研究センター・大西公平先生

ハプティクスは、日本がGAFAにまだ対抗できる技術的な領域ではないかと思っています。なぜなら、ハプティクスの技術を持つところだけが動作データを集められるからです。この領域は今、日本のチャンスだと思います。

インターネットが始まって以来、GAFAはあらゆるデータを手に入れてきました。文字データや画像データだけでなく、映像もYouTubeに集まっているのでGoogleにデータを取られている状態です。しかし、動作データだけはまだ持っていません。

ここからは、「動作データをいかに集めるか」がロボット研究の大きな強みになりますが、まだ動作データを取っている研究所はほとんど存在しません。かつ、動作データは非常に膨大なので、2~3分の動作ですぐに1GBを超えてしまいます。そして、専用のデータ圧縮解凍技術も必要になるはず。さまざまな技術がハプティクスの世界と結びついて、この領域が盛り上がっていくことを期待しています。