脳卒中のリハビリにおけるXR活用──神経可塑性を用いたニューロリハビリテーションの現在地

脳卒中のリハビリにおけるXR活用──神経可塑性を用いたニューロリハビリテーションの現在地

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いま脳神経科学、とりわけ脳卒中・外傷性脳障害のリハビリ治療におけるXRの活用が普及し始めています。

交通事故などで頭に強い衝撃が加わって脳が傷ついたり、出血を起こしたり、脳内の血管が詰まったりすると、体に麻痺が残ることがあります。その際にリハビリにより回復を目指すのが標準的な治療ですが、状態によっては医師から「改善は難しい」と通告される場合もあります。そうなると、患者は不自由な体で退院後の人生を送らねばなりません。

特に脳卒中は日本人の高齢者が寝たきりになる原因疾患の第1位であり、近年では高齢者人口の増加に伴って国を挙げて脳卒中対策が取り組まれています。脳卒中を起こした人が寝たきりにならないためには、発症後の急性期にリハビリに取り組むことが重要だとされており、退院後も日常生活を送る生活期もリハビリを続けなくてはなりません。その分、リハビリ治療を担当する理学療法士への負荷は大きくなっています。

そうした社会課題を背景に、いまXRとリハビリの分野がつながり始めています。本記事では、脳卒中などの病後に後遺症を防ぎ体の動きを取り戻すために、XRがリハビリにどのように用いられているかをお伝えします。*1

<出典>
*1 日本循環器学会・日本脳卒中学会, 脳卒中と循環器病克服 第二次5ヵ年計画, 2021年
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2021/08/JCS_five_year_plan_2nd_20210817.pdf

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脳卒中のリハビリ治療における従来の課題

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脳卒中により発生する体の麻痺の種類はさまざまで、人により発症する課題は大きく異なります。代表的なものとしては、片方の上下肢が動かなくなり、場合によっては歩行困難に陥る運動麻痺。片側の視野が見えにくくなる「半盲」などの視覚障害。そして、脳の損傷部位と反対側の空間の刺激に反応できない「半側空間無視」などが起こります。その結果、「頻繁に体を物にぶつけてしまう」「印刷物に書かれている内容の半分だけが読めない」などの生活上の支障が起こります。

日本では、脳卒中を含む脳血管疾患の治療や経過観察などで通院している患者数は118万人と推計されており、うち約 14%(17 万人)が就労世代(20~64 歳)だとされています。1) 脳卒中で大脳の片側を損傷した患者の約30%に、もう片側の空間の刺激に反応できない左半側空間無視が現れるという報告もあります。*2

こうした障害を発症すると、人々は自立した日常生活が困難になり、QOLが大きく低下します。介護やリハビリの現場では、日常生活を送るために最低限必要な「起きあがる動作・移乗・移動・食事・更衣・排泄・入浴・整容」などの日常的動作はADL(Activities of Daily Living)と呼ばれ、高齢者や障がい者の身体能力や日常生活レベルを測るための指標として用いられていますが、脳への障害はADLを大きく低下させる要因となります。

脳卒中の後遺症に対しては、退院後などに時間をかけてリハビリを行う必要がありますが、週に数度、1回あたり1〜2時間程度のリハビリでは十分な効果が得られないこともあります。しかし、リハビリには理学療法士の立ち会いが必要になり、当然ながら患者も時間やお金を無制限にはかけられない問題があります。

1)事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン参考資料 脳卒中に関する留意事項(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11303000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu-Roudoueiseika/0000153518.pdf)

どのようにXRを使い脳卒中のリハビリするのか

こうした脳卒中のリハビリにおいて、XRは脳の回復力を高めたり、リハビリの費用対効果を向上させたりできると期待を集めています。

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まず、病院や施設に通院する際のリハビリ効果をXRは高めることができます。日本理学療法士協会によれば、脳卒中患者に対するXRを用いた理学療法は、歩行能力、姿勢バランス能力、ADLの向上を目的に、基本動作能力や時期を考慮しながら一般的な理学療法との併用であれば効果が見込めるとしています。2) 歩行や体のバランスだけでなく、腕など上肢の運動回復にもXRは有効です。

VRを使った手足の運動リハビリテーションでは、患者の体の動きをモーショントラッキングセンサーなどで追跡し、VR内のオブジェクトに同期します。その上で、視覚・聴覚・触覚などへの感覚フィードバックを行い、自分の体が動くイメージを持てるよう設計されたトレーニングを反復して行います。*3

バーチャル環境でのトレーニングは、実際の環境下よりも安全に行えると同時に、患者のリハビリへのモチベーション向上を期待できます。ゲーミフィケーションの要素を取り入れ、アニメーションや効果音とともにゲーム感覚で楽しめることで、「リハビリは辛い」というイメージから脱却し、患者のより積極的なリハビリへの参加を見込めます。2)

こうした「ニューロリハビリテーション」は、トレーニングを通じて脳が自分自身を“再プログラミング”する神経可塑性の能力を引き出します。脳卒中などでダメージを受けた脳神経を回復する手段としてXRが期待されているのです。

2)脳卒中/頭部外傷理学療法(https://www.japanpt.or.jp/upload/jspt/obj/files/guideline/publiccomment/CQ12-4%E3%80%80%E8%84%B3%E5%8D%92%E4%B8%AD.pdf)

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登場したスタートアップたち

・MindMaze「MindMotion Go」「MindPod Dolphin」

スイスに本社を置くMindMaze3)は、2012年の設立以来10年以上にわたり、神経科学、バイオセンシング、エンジニアリング、XR、人工知能などの複合的な研究により神経疾患患者の回復の可能性を追求してきました。

同社は自宅でもできるゲーム型のニューロリハビリテーション療法プラットフォーム「MindMotionTM Go」4)を提供しています。FDA認可を取得している同製品のデジタル療法は、これまでに世界中の90のセンターで、3,300人以上の患者に使われてきました。本来であれば理学療法士と一緒に練習する種類の動きを、各患者が自分のニーズと進捗に合わせてカスタマイズし、リハビリを行うことができます。

また、同社は脳卒中による上肢リハビリ用の製品「MindPod Dolphin」5)も提供。バーチャル空間内で泳ぎ回るイルカを腕で追いかけるこのゲームは、脳卒中などで損傷を受けた細胞の周りの脳の再配線を加速し、患者が神経系の制御を取り戻すのに役立ちます。MindPodが実施した小規模な試験では、脳卒中の一般的な結果である腕の障害を持つ患者に対して、従来のリハビリテーションの2倍の効果があることが示されています。

・Neuro Rehab VR

アメリカ・テキサス州に本社を構えるNeuro Rehab VR6)は、患者をさまざまなVRエクササイズに没頭させて脳を刺激することで、新しい神経経路を形成して回復を助ける製品を提供しています。

同社の「Neuro Rehab VR」は、四肢や認知、体の可動性とバランスを改善するために設計。シミュレーションの中で、患者は狙った位置に手を伸ばす動作を練習したり、体重移動や筋肉の動きを訓練したり、下肢を重点的にリハビリするエクササイズで歩行能力を向上させたりできます。また、臨床医と患者からのフィードバックを受けて、患者のエクササイズの進捗状況や満足度などを記録するシステムも盛り込まれています。

病院のリハビリ部門、理学療法外来、神経リハビリセンターを対象として製品を提供する同社は、脳卒中や外傷性脳損傷だけでなく、脊髄損傷や多発性硬化症向けのエクササイズも用意。7) 世界最大の神経回復施設の一つであるNeuro kinetixとも提携しています。

これ以外にも、ニューロリハビリテーションの分野では欧州を中心に数多くのスタートアップが登場しており、各国の大学研究機関で医学的エビデンスの研究とともにこの領域が日進月歩で進展しています。「XRのおかげでうまく歩けるようになった」といった医療現場の声が当たり前になる日は近いかもしれません。

3)Mind Maze(https://mindmaze.com/)

4)MindMotion TM GO(https://www.mindmaze.com/digital-therapies-for-neurorehabilitation/)

5)MindPod Dolphin(https://www.mindmaze.com/digital-therapies-for-brain-repair/)

6)Neuro Rehab VR(https://www.neurorehabvr.com/)

7)DHDAL 2019: VR and Physical Therapy with Henry Weber of Neuro Rehab VR(https://butwhytho.net/2019/06/22/dhdal-2019-vr-and-physical-therapy-with-henry-weber-of-neuro-rehab-vr/)

<出典>
*2 EmilyEsposito et al., Prevalence of spatial neglect post-stroke: A systematic review, Annals of Physical and Rehabilitation Medicine Volume 64, Issue 5, September 2021
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1877065720302189

*3 Won-Seok Kim et al., Clinical Application of Virtual Reality for Upper Limb Motor Rehabilitation in Stroke: Review of Technologies and Clinical Evidence, Journal of Clinical Medicine, October 2020
https://www.mdpi.com/2077-0383/9/10/3369