小児科での医療処置過程におけるXR活用──ストレスケアと精神的ダメージの低減に向けて

小児科での医療処置過程におけるXR活用──ストレスケアと精神的ダメージの低減に向けて

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事故や病気の治療、予防接種などで特に子どもは痛みやストレスを感じやすく、トラウマが残ってしまう場合もあります。病院や医療センターの小児科では、これまで子どもの苦痛を和らげるために、おもちゃやゲーム、キャラクターなど様々な手段を用いてストレスの軽減や「気をそらす」ための努力をしてきました。いま、XRはその手段の一つになろうとしています。

本記事では、子どもに大きなストレスを与える可能性がある病院や医療センターなどにおいて、XRの活用が子どもにもたらす心理的なメリットについて、病院での実際の事例などを挙げつつ解説します。

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◆小児科現場が抱える、子どもへの精神的ダメージのリスク
◆小児科でのXR活用はどのような効果が期待できるか
◆XRの小児科向けの応用を進める病院・研究機関の例
◆実際に現れている、小児科向けXRソリューション例
をご覧いただけます。

小児科現場が抱える、子どもへの精神的ダメージのリスク

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多くの人が身に覚えがあるかもしれませんが、子どもにとって病院の存在は恐怖の対象です。何かよくわからない医療器具や専門用語が飛び交う空間で、痛みを伴う医療処置が行われ、処置後はベッドの上で長時間の安静を求められる。子どもに苦痛を与える要因が数多くある環境だと言えるでしょう。

小児における麻酔薬の使用に関する科学雑誌「Paediatric Anaesthesia」に掲載された論文によれば、子どもは医療処置前の不安が大きいほど、処置において感じる痛みが大きく、処置後の回復が遅くなり、鎮静剤の作用が低下します。さらに、疼痛と苦痛を十分に緩和できていなかった場合、長期的に疼痛への耐性が低下し、疼痛反応の増加が起こる可能性があることが分かっています。

また、手術に対して子どもが心理的に準備できているかどうかは、術後の安定した回復に関係することが分かっています。したがって、医療処置前に子どもに恐怖を与えないような気遣いをしたり、これから行なう処置をきちんと説明して不安を和らげたりすることで、小児患者の痛みを軽減して快適さを向上させるだけでなく、医療処置からの回復にも影響する可能性があります。

とりわけ、小児向けの集中治療室にいる子どもは、テレビ画面などを受動的に観るだけ、対人関係が少しだけしかない日々を過ごす可能性があります。運動やコミュニケーションなど、発達過程において必要な活動を長期間の入院などで制限されることで、せん妄や回復の遅れを招くリスクが発生。やがて認知障害や精神障害へとつながり、患者だけでなく家族のQOLにまで悪影響を及ぼす可能性があります。

小児科でのXR活用はどのような効果が期待できるか

こうした小児科の現場において、医療処置中の子どもの痛みや不安を軽減するためにXRを使う事例が増えています。

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XRがツールとしてよく利用される用途に、「気晴らし」があります。医療器具などから注意をそらすことで、処置中のストレスを軽減する方法です。これは、「針」に対する恐怖などに有効に作用します。

また、患者が処置を待っている間にもXRは有効です。「医療処置前の不安が大きいほど、子どもは感じる痛みが大きい」と前述したように、患者が処置前にリラックスしていることは重要です。定期的な通院が必要になる子どもが、通院時にXRデバイスで遊ぶことを楽しみに待つようになる場合もあります。

その他にも、子どもに処置内容を説明することで処置への恐怖を和らげる、入院中にゲームや世界を旅するXR体験を提供することで活発に動き回れないストレスを軽減する、重い病状を持つ子どもに同じ境遇に置かれた他の子どもとのコミュニケーションの機会を設けるなど、さまざまな活用方法が検討されています。

XRの小児科向けの応用を進める病院・研究機関の例

・Zuyderland Hospital(オランダ)

オランダZuyderland病院の小児科では、すでにXRが数年間運用され、医師によってさまざまな治療に使用されています*1。この部門では、子どもの痛みやストレスを軽減するための技術を探して検討し、XRの導入を決めました。

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まずVRを使用するにあたって、医師と看護師は子供にとってそれが有益であるかどうかについて話し合い、また患者や保護者などにも相談します。XRを使用すると、子供は周囲から隔離された状態で治療を受けることになることも多いので、これに対する了承を得ます。子どもには、採血などの処置の前にデバイスでの遊び方について説明します。1)

Zuyderland Hospitalでは小児患者がXRを活用したコンテンツで海に潜ったり、動物を眺めたり、アイトラッキングで動くゲームを楽しんでいる間にMRIスキャンの準備を整えたり、治療や手術前のストレスレベルを軽減したりします。治療中も子供はXR環境に集中し、実際に針などに気づかなくなるといいます。

・ Boston Children’s Hospital(アメリカ)

ボストン小児病院では、複雑な病状を医師が子供に説明するために役立つXRプラットフォーム「HealthVoyager」2 )を独自で開発し、子どもの不安を軽減しようとしています。

専門用語を多用する医師と、小児患者の間にはコミュニケーションギャップが発生しますが、3Dモデルを用いて視覚的に病状のイメージを説明することで、これからの処置について子どもに納得してもらうことができます。現在は主に小児消化器患者向けに実際の内視鏡処置を3Dで再現し、XRのイメージングを使用して、患者に没入型ツアーを提供。クローン病や潰瘍性大腸炎などの状態を説明しています。3)

HealthVoyagerは小児病院で子供向けに開発されましたが、漫画のようなイラストや3D表現は、あらゆる年齢層の人々にとって複雑な医学的説明を理解しやすくなります。それゆえに、今後は大人への適用も検討されています。

・XRPeds(アメリカ)

アメリカのイェール大学医学部の小児科に属する「XRPeds」4)は、臨床医・研究者・ゲームデザイナーエンジニアなどが集まり、XRとゲームによる介入などで小児の健康状態を改善する技術を研究開発しています。

たとえば、XRPedsのプロジェクトのひとつは、がん治療中の青少年を対象にXRを用いてピアグループを形成する臨床研究です。5)
まだ脆弱な発達段階において、がんの診断や治療は青少年に強い孤独感をもたらします。入院の長期化や地理的制約などを超えて、セラピストが同じ状況にある子どもたちの支援グループをXR上で形成することで、治療の回復力や社会復帰に良い影響を与えるのではないかという可能性が示唆されています。

1)Offering Something New for Pain and Stress Relief in Pediatrics - Zuyderland Hospital(https://www.syncvr.tech/post/virtual-reality-zuyderland-hospital)

2)HealthVoyage(https://www.healthvoyager.com/)

3)Boston Children's Hospital Uses VR to Let Kids Voyage Through Their Bodies(https://patientexperience.wbresearch.com/blog/boston-children-hospital-vr-strategy-for-kids)

4)We are XRPeds(https://xrpeds.org/)

5)Social VR-Based Support Groups for Adolescent and Young Adult Oncology (AYA) Patients Background pattern(https://xrpeds.org/projects/social-vr-based-support-groups-for-adolescent-and-young-adult-oncology-aya-patients/)

実際に現れている、小児科向けXRソリューション例

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・SyncVR

オランダ・ユトレヒトに本社を置くSyncVR Medical社6)は、ハードウェアからソフトウェアまで、医療用XRを活用するためのオールインワンサービスを提供しています。

同社の強みは、独自の「XR App Store」を保有していることです。XRアプリの開発企業といくつも提携し、30以上の医療用XRアプリを展開しています。このアプリストアでは、「子どもたちを世界中の冒険に連れて行き、現在の(痛みを伴う)状況を忘れて身体的および精神的な回復を促進できるようにする」アプリや、リラックス・気晴らし用、フィットネス用、教育用、リハビリ用まで幅広いアプリがをダウンロード可能です。

また、病院やヘルスケアプロバイダーがXRモバイルデバイスを管理するための「SyncVR Dashboard」も提供。施設内や離れた場所にあるデバイスの利用状況を、数百台単位で安全かつ確実に管理できると謳っています。

・KindVR

KindVR177)は、米国やカナダで多くの小児科病院と提携している企業です。「病院が必要とするすべての患者に、臨床的に検証された仮想現実療法を簡単に提供できること」を目標に掲げて研究開発を行っています。

KindVRは病院での臨床試験を数多く繰り返し、さまざまな病状の患者での事例を蓄積しています。自然豊かで動物がいるバーチャル空間へとXRを通じて患者が旅するコンテンツなどを制作。それだけでなく、病院という環境に合わせて、洗浄可能なVRヘッドセットや、使い捨てフェイスパッド、患者向けのプレイ方法ガイドなど、病院スタッフが簡単に使えるようなシステムをあわせて提供しています。

ここまで解説した病院での臨床事例や、大学機関での研究、XRのサービスを提供するスタートアップの出現からも分かるように、ストレスに対して繊細であり、処置前後で「動けない」状況に置かれることに苦痛を感じやすい子どもだからこそ、XRが持つストレス軽減効果が大きな力を発揮するシーンは数多くあります。。子どもに特化したXRソリューションが、どの病院の小児科でも使われるようになる日は近いのかもしれません。

6)SyncVR Medical(https://www.syncvr.tech/)

7)KindVR(https://www.kindvr.com/)

<出典>
*1 Floris Q. Tas et al., Virtual reality in pediatrics, effects on pain and anxiety: A systematic review and meta-analysis update, Paediatric Anaesthesia, Volume32, Issue12, December 2022
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/pan.14546

*2 Colleen M. Badke et al., Virtual Reality in the Pediatric Intensive Care Unit: Patient Emotional and Physiologic Responses, Frontiers in Digital Health, Human Factors and Digital Health, Volume 4, March 2022
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fdgth.2022.867961/full