「病状への理解」をXRでどう促す? 治療内容のインストラクション、インフォームド・コンセントにおけるAR/VRの活用

「病状への理解」をXRでどう促す? 治療内容のインストラクション、インフォームド・コンセントにおけるAR/VRの活用

イメージ画像:VR体験をしている年配の女性患者

診察時、患者に対して医師が口頭で疾患説明を行なうことがよくあります。しかし、患者が医療に対してもっている知識に非対称性があり、医師が話している内容を理解できないというケースも存在します。

病気を伝えられた患者は、不安に苛まれます。自分がいかなる病気にかかったのか、このあと体にどんな症状が起こるのか、どのような治療や手術が必要なのか……。「よくわからない」という状態は患者の不安感を増幅させます。

こうした課題に対して、XRを活用した病状説明が有効ではないかと注目を集めています。本記事では、XRを用いて患者に病気や手術、治療内容を視覚的に伝えることで、医師と患者との間に生じるコミュニケーションの障壁を取り除くメリットについて解説します。

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◆「患者の理解」の重要性
◆3Dデータが持つインフォームド・コンセントへの可能性
◆XRが支援できる、長期的な患者自身の治療が必要なケース
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「患者の理解」の重要性

イメージ画像:医師の話を聞く高齢の男性患者

医師が患者に疾患について説明する際、多くの場合は口頭で疾患の説明が行われます。しかし、ほとんどの患者はいち生活者であり、医師が話す内容のバックグラウンドを理解することは難しいとも言えます。

こうした理解不足は、患者の病状によっては治療全体に悪影響を及ぼします。たとえば、患者自身も長期にわたり治療行為を行うといったケースでは、医師が病院でいかに良い治療を施したとしても、患者本人が不摂生な生活を送ったり、継続的な服薬などの治療上に必要な日常生活の注意点を守らなかったりすれば、効果的な治療は望めません。患者の理解が、治療の成否にかかわることもあるのです。

XRで疾患に関する説明コンテンツを見せることは、ここで効果的だと言えます。病気の原因や進行過程、治療の方法などを視覚的に見せることで、疾患や治療に対する患者の理解を促進。XRの“疑似体験”により、病態をより強く「自分ごと」として捉えてもらうことができます。

3Dデータが持つインフォームド・コンセントへの可能性

また、患者が適切に内容を理解してくれない状態で医療行為を行なうことは、「医師と患者との十分な情報を得た上での医療行為の合意」というインフォームド・コンセントの原則を鑑みると望ましい状態とは言えません。

とりわけ手術などが発生する場合は、事前にXRを使用して手術の流れを確認することで、手術の内容を確実に理解し、不安感の軽減も期待できます。

イメージ画像:医師の説明を聞きながらVRを使って背骨を確認する患者

さらに、患者との医療行為の合意という点で進歩が期待されるのは、CATスキャンやMRI画像の解析です。CATスキャンやMRIは診断時によく用いられ、病状発見に非常に効果的な手法です。しかしながら、どのような診断結果が出たのかを直感的に読み取ることはできません。知識と経験を積んだ医師が、画像などが指し示す意味を解読し、その意味を説明する必要があります。

XRを活用すれば、2次元の画像データなどを、3次元映像へと再構成。AR(拡張現実)ヘッドセットなどに投影することで、病状を立体的に確認できます。たとえば、CATスキャンから作成されたから腹部大動脈瘤の3Dモデルを作り、治療計画について話し合う前に、外来診療所で医師から説明が行われる有効性を検証した研究があります。*1 また、膝の関節鏡検査においても、解剖学的に検査が必要な病変を、MRIから作成されたデータで3Dモデルを作成する検証がなされています。*1

3Dモデルの活用により、患者が自分の体の映像を能動的に操作しながら、医師に問題の箇所を尋ねることで、病状理解の精度が向上。インフォームド・コンセントをより精度高く、スピードアップさせ、医師の時間を効率的に確保することに役立ちます。1)

1)Augmented Reality Advancing Informed Consent(https://www.dicomdirector.com/informed-consent/)

XRが支援できる、長期的な患者自身の治療が必要なケース

こうしたXRによって病状を説明するメリットが大きいのは、どのような症状なのでしょうか。たとえば、骨粗鬆症のように自覚症状がなくイメージするのが難しい疾患や、癌のようにより丁寧な説明やインフォームド・コンセントが必要な疾患などが考えられます。

さらに、それと並んで大きな効力を発揮するのが、長期にわたり患者が治療に協力する必要がある病状です。代表的な例としては、腎不全などの治療として用いられるCAPD(Continuous Ambulatory Peritoneal Dialysis:連続携行式腹膜透析)が挙げられます。

イメージ画像:病院で治療を受けている男性

腹膜透析では、患者のお腹の中に透析液を入れ、腹膜を介して血液の浄化を行います。患者自身が透析液を交換するCAPDは、1日4回程度、4~8時間ごとに30分ほどかけてバッグ交換を行い、24時間連続して治療を行います。2)

毎日、かつ在宅で透析を行っている患者は、治療のほとんどを医療機関などの他者に頼らず自力で行います。定期的に透析センターに通うのは、正常に回復しているかを確認するためだけ。それゆえに、優れた治療方法のトレーニングが透析患者にとって重要な意味を持ちます。

こうした治療において、XRは患者や介護者などに病状や治療方法への正しい理解をサポートできるとして期待されています。3) XRを使った仮想トレーニングにより、透析機器の使用方法を練習し、衛生対策と治療前後の手順について学習します。リビングルームや治療室など、あらゆる環境において消毒用ワイプでテーブルを掃除する、透析バッグや消毒キャップなどの物体を持ち上げて置く、透析装置を調整するなどのシミュレーションをXR内で行います。3)

現在、CAPDでは患者の支援を行うアプリケーションも登場し、実用化フェーズにあると言えるでしょう。それ以外でのXRの活用方法も世界各国で模索中の状況にあります。

インフォームド・コンセントや、患者への病状に関する教育は、医師の口頭での説明によって現場が回っている今は「あったほうがよいが、無くても業務はこなせる」と思う方もいるかもしれません。しかしながら、医療領域に特化したXRプラットフォームやアプリの浸透とともにコストが低下し、どの病院にも手軽に導入できるような時代が近づきつつあります。

XRが活用されるユースケースの拡大に伴い、診察室で普通にXRデバイスを装着して病状のインストラクションを受ける日は、私たちが思っているよりも近いのかもしれません。次回記事では、実際に診察室に普及しはじめているXRの具体例についてお伝えします。

2)腹膜透析(CAPD)|腎・高血圧内科|順天堂医院(https://www.juntendo.ac.jp/hospital/clinic/zinzo/about/disease/dialysis/kanja05_04.html)

3)Virtual reality as the next step in patient empowerment(https://www.freseniusmedicalcare.com/en/media/insights/company-features/virtual-reality-as-the-next-step-in-patient-empowerment)

<出典>
*1 Marijke van der Linde-van den Bor et al., The use of virtual reality in patient education related to medical somatic treatment: A scoping review, Patient Education and Counseling, Volume 105, Issue 7, July 2022