医師の業務効率化、病状の早期発見、健康リスクの予測分析まで──生成系AIが拡張する医療のあり方

医師の業務効率化、病状の早期発見、健康リスクの予測分析まで──生成系AIが拡張する医療のあり方

イメージ画像:AIを使って診断する医師

近年、急速に進化する技術がさまざまなかたちで医療を変えています。生成系AI(Generative-AI)もその一つの領域といえるでしょう。

生成系AIとは、機械学習されたデータをもとに、テキスト、プログラムコード、画像、動画、音声などの新しいデータを生成することに主に活用されている人工知能です。1)

2021年にOpenAIの「大規模言語モデル」GPT-3(Generative Pre-trained Transformer-3)が発表されたことで、何百もの企業が生成系AIにアクセスできるようになりました。また、OpenAI自身もさまざまなツールを構築しており、人間との対話に特化したツール「ChatGPT」や、画像生成ツール「DALL-E」などを公開しています。

こうした生成系AIは、医師の診断などの業務を効率化したり、がんや腫瘍などの診断や早期発見に寄与したり、人間の健康リスクを予測分析したりと、さまざまな方向での活用が期待されています。本記事では、現在進行系で試行錯誤が続けられている生成系AI×医療の分野についてお伝えします。

1)https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/generative-ai/vol1.html

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◆GPTを活用した医療現場の改善
◆特定領域のオペレーション効率化・精度向上に
◆ヘルスケア領域でAIが浸透していくステップとは?
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GPTを活用した医療現場の改善

イメージ画像:ヘルスケアの医療財務と医師の分析による生成AI

ChatGPTを中心に、生成系AIに関するトピックを耳にした時、テキストの生成・要約や、テキストからの画像生成をまず想起する人が多いかも知れません。この技術はさまざまな産業やビジネスの分野で応用できる可能性から注目度が高まっています。

医療分野への活用をいち早く検討している企業のひとつが、Microsoft社です。Microsoft Researchでは、医学用語を理解する対話型AI「BioGPT」 を、ソフトウェア開発のプラットフォームであるGitHubで公開。2) 同システムは世界の主要な医学系雑誌に掲載された論文を調べられるデータベース「PubMed」を情報ソースに開発されており、専門家と同等の質問応答が可能であるとして、生物医学領域でのさらなる研究活用が進められています。3)

また、Microsoft ResearchではGPT-4を活用した医療従事者向け臨床文書作成サービス「Dragon Ambient eXperience (DAX™) 」4)を発表しています。このシステムは、2022年3月に買収を完了した5) Nuance Communicationsと共同開発。同社が保有していた、AIを搭載した音声認識技術で臨床現場を聞き取り、医療記録やメモを自動作成する技術「アンビエント・クリニカル・インテリジェンス(ACI)」を搭載し、これまで4時間かかっていた臨床メモを数秒で自動で作成可能だと言われています。6) 同社の調査によれば、7) 医師の82%・看護師の73%が「文書作成の負荷が疲労や燃え尽き症候群に大きく影響する」と回答しており、事務作業の負荷軽減により、それらを予防する効果が期待できます。

このような医療プロセスの負担軽減など、従来まで医療従事者が担っていた反復作業をAIが処理することで、より患者のケアに集中し、医療提供の質を向上させられる可能性があります。

2)https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/generative-ai/vol1.html

3)https://www.microsoft.com/ja-jp/industry/blog/health/2023/04/28/generative-ai-in-healthcare-industry/

4)https://www.nuance.com/healthcare/ambient-clinical-intelligence/see-the-dragon-ambient-experience.html

5)https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2203/07/news068.html

6)https://www.microsoft.com/ja-jp/industry/blog/health/2023/04/28/generative-ai-in-healthcare-industry/

7)https://whatsnext.nuance.com/healthcare-ai/overload-to-burnout-himss/

特定領域のオペレーション効率化・精度向上に

特定の医療領域での業務効率化という観点では、さらにAI活用の幅は広がります。その一つの例は放射線科医です。

イメージ画像:MRIの結果をみながら話し合う医師と放射線技師

放射線科医は毎日何百枚ものCTやMRI画像を診断していますが、AIによってこの業務の負担を減らすことができます。8) AIが事前に画像をスクリーニングし、異常の可能性があるポイントを強調することで、診断プロセスの効率化が可能に。さらに、画像の誤認識や重要な部分の見落としといったヒューマンエラーの可能性を低減し、より正確な診断にもつながります。

こうしたCTやMRI画像の診断はAIの得意領域であり、「AIにより放射線科医という仕事自体が無くなるのではないか」という懸念も起こっています。しかし、杏林医会誌に掲載された対談記事『─AIの時代における放射線科医の役割と今後の展望─』9) によれば、AIが行う画像診断は、画像を鮮明に解析して異常や病変、疾患の拾い上げまでしか対応できていないのが現状です。今後の放射線科医には、AIが提示するデータをもとに、その先の「何が異常なのか」という部分を総合的に判断していく役割が引き続き求められます。10)

さらに、乳がん検診など特定の領域では、AIが放射線科医とともに画像解析することで、人間の医師が気づかない病気の微妙な変化を特定し、早期発見に繋がる可能性が示唆されています。11) こうした特定領域に特化した企業も現れており、2019年にシンガポール国立大学からスピンオフして設立されたスタートアップ「FathomX」12) 社はその例として挙げられます。同社ではマンモグラフィ画像診断に特化したソフトウェア「FxMammo」を開発。画像から抽出された特徴や情報に基づいて、乳がんの疑いがある症例を検出・特定する研究開発が重ねられています。

イメージ画像:PCでマ検査結果を確認する医師

その他にも、2017年に米国で設立された「Paige」13) 社も癌の病理診断に特化したソリューションを開発しています。画像診断だけでなく、医師が使用するビューアーを提供し、患者の診断内容が自動でスライド化され表示されるなど、医療現場でのオペレーションに最適化された体験の提供を目指しています。

8)https://www.news-medical.net/news/20201104/AI-can-improve-efficiency-of-radiologists-in-reading-breast-cancer-screening-mammograms.aspx

9)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyorinmed/52/4/52_251/_pdf

10)https://www.weforum.org/agenda/2020/10/how-ai-will-change-how-radiologists-work/

11)https://www.cbc.ca/news/health/ai-mammograms-breast-cancer-1.5412679

12)https://www.fathomx.co/ja

13)https://www.fathomx.co/ja

ヘルスケア領域でAIが浸透していくステップとは?

マッキンゼー・アンド・カンパニーが2020年に公開したレポート14) によれば、ヘルスケア領域においてAI活用が拡大・浸透するにはいくつかの段階があります。

最初の段階では、先述したように、医師や看護師が多大な時間を費やす、日常で反復する管理業務に対応するソリューションが登場します。放射線科、病理科、眼科などの専門分野で画像診断に基づくAIが普及するなど、医療業務の最適化と普及が進むと予想されています。

次の段階で起こると予想されているのは、病院から在宅ケアへのシフトをサポートするAIソリューションの増加です。AIを用いた遠隔モニタリングやバーチャルアシスタントなどを活用し、患者がより積極的な健康管理やセルフケアをできるようになると予想されています。15)

こうした予測を実際にソリューションとして提供する企業が現れ始めています。例えば、2020年にカナダで設立された「DiagnaMed」16) 社では、生成系AIを活用して脳年齢を予測・監視し、メンタルヘルスや神経変性疾患などによる認知機能低下を予防するサービス「CERVAI™」を提供しています。また、医師が監修しChatGPTを用いて開発されたAIドクターにより、メッセージを通じて患者の予後を改善するソリューションの開発なども進められています。

イメージ画像:症状について患者さんとコミュニケーションをとる医師

今後は、患者の遺伝的体質や病歴、食事や運動など生活習慣をデータセットとしてAIに学習させることで、よりパーソナライズドされた治療法の選択肢を提案できる可能性があります。17) しかし、機械学習やアルゴリズムを活用することで、人間の医師が気づかないインサイトを特定するという個別化医療の構想はまだ仮説段階であり、実際の事例は限定的であるという指摘もあります。18)

14)15)https://www.mckinsey.com/industries/healthcare/our-insights/transforming-healthcare-with-ai#/

16)https://www.diagnamed.com/

17)https://ai-med.io/more-news/the-role-of-generative-ai-in-medical-science/

18)https://research.aimultiple.com/generative-ai-healthcare/

生成系AI×医療の分野でのさまざまな実践例

その他にも、生成系AI×医療の領域ではさまざまな研究や実用化に向けた試行錯誤が続けられています。以下はいくつかの例です。

・糖尿病など慢性疾患の管理において、AIが患者のデータをもとに健康指導を行う。*1

・メンタルヘルスの領域で、AIを使って音声やテキストのパターンを分析し、うつ病や不安の兆候を検出する。19)

・AIを用いて、ロボットが精度の高い手術を実施する。20)

・創薬分野でどの化合物が特定の病気の治療に有効かをAIが予測し、医薬品開発のプロセスを加速させる。*2

こうした技術はまだ発展段階にありますが、より効率的な医療の提供や、人々が健康に生きられる社会を実現していく大きなポテンシャルが存在します。生成系AIの発展による医療の急速な進歩によって、より多くの命が救える可能性が現代では模索されています。

19)https://www.forbes.com/sites/ganeskesari/2021/05/24/ai-can-now-detect-depression-from-just-your-voice/?sh=16f21c8f4c8d

20)https://www.forbes.com/sites/forbestechcouncil/2023/02/15/four-ways-artificial-intelligence-can-benefit-robotic-surgery/?sh=4cd2d1f1859f

<出典>
*1 Mohammed Tahri Sqalli and Dena Al-Thani, On How Chronic Conditions Affect the Patient-AI Interaction: A Literature Review, Healthcare (Basel), 2020 Sep; 8(3): 313., September 2020

*2 Debleena Paul et al., Artificial intelligence in drug discovery and development, Drug Discov Today, 2021 Jan; 26(1): 80–93, October 2020