XR×マインドフルネスによる、ウェルビーイングの向上を。メンタルヘルス領域におけるXR活用

XR×マインドフルネスによる、ウェルビーイングの向上を。メンタルヘルス領域におけるXR活用

イメージ画像:VR体験アプリで瞑想する女性

2020年代に入り、コロナ禍やリモートワークの増加など環境の劇的変化により、メンタルヘルスの問題が増加傾向にあります。1) また、職場でのストレスや不安、“燃え尽き症候群”は、現代社会における健康上の脅威になっています。

そこでストレスや不安を軽減し、人々のウェルビーイングを高める方法として注目を集めつつあるのが、マインドフルネスです。

さらに近年では、スタートアップを中心に、メタバースやXRといった新興領域の技術を瞑想やマインドフルネスと掛け合わせてサービスを展開する企業も増えています。本記事では、メンタルヘルスの課題とテクノロジーの交差点で事業に取り組む企業をご紹介します。

1)https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei13_02000090.html

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メタバースやXRは、いかにしてマインドフルネスな状態を促進する?

抑うつや不安障害、“燃え尽き症候群”……こうしたメンタルヘルスの問題が増加するなかで、ストレスにいかに対処するかが重要になっています。従来の臨床心理学の知識を活かした認知行動療法やコーピングなどにも関心が高まるなか、マインドフルネスにも注目が集まっています。

マインドフルネスでは、意識を「今この瞬間」に集中させることで自分の感情や思考、身体感覚を冷静に認めて受け入れます。この実践は心理的なウェルビーイングの向上に寄与し、うつ病や苦痛、精神疾患などに効果的であることが分かっています。*2

イメージ画像:ヨガマットの上で健康に関するVRを体験する女性

近年、マインドフルネスにXRを掛け合わせることで、その効果をより促進できるのではないかという研究が進められています。香港科技大学の研究『Reducing Stress and Anxiety in the Metaverse: A Systematic Review of Meditation, Mindfulness and Virtual Reality』*1によれば、VRを使うメリットは遠方へと移動せずとも、自宅で現実には訪れることができないほど良い環境に行けることだと説明されています。また、現実の世界にきわめてよく似た3D仮想世界での活動では、ストレスや不安の軽減を促進できる可能性があると示唆されています。

さらにこの論文は、今後メタバースやXRで、心理カウンセリングやセラピー・サービスが提供されはじめるだろうと予測しています。2) VRの体験は、ユーザーが周囲の雑念や疲れた日常から離れてリラックスし、瞑想状態に入るのに適した特性を持つからです。

また、瞑想やマインドフルネスの初心者にとって大きな障害の一つは、目を閉じて長時間座っていることにより起こる苦痛です。XRなどを用いた瞑想では、視覚と聴覚に適度な刺激を与えたり、リラックスできる仮想環境を演出したりすることで、より平静な心の状態に導くことができます。

こうしたメンタルヘルスに悩む患者を対象としたメタバースやXRの活用は、特に目新しい概念ではありません。過去10年間、多くの企業や研究機関が、うつ病、不安障害、PTSDなどの症状の治療を支援するために、XRをいかに活用するかさまざまな試行錯誤が行われてきました。3)

2)Reducing Stress and Anxiety in the Metaverse: A Systematic Review of Meditation, Mindfulness and Virtual Reality

3)VR Brings Dramatic Change To Mental Health Care

自宅にいながら自然豊かな環境で瞑想できる──XR×メタバースのサービス例

そうした積み重ねの結果、近年ではXRやメタバースを活用した新たなサービスが生まれています。以下は、XR空間での瞑想・マインドフルネス事業を展開する企業やサービスの代表的な例です。

イメージ画像:メンタルヘルスサポートのアプリを使って海辺でウェルネスの瞑想をする人

・TRIPP

「TRIPP」4) は、VRを使った瞑想により、人々の抑うつや不安を抑え、ウェルビーイングの向上を目指すウェルネスアプリです。このサービスは「マインドフル・メタバース」を謳っており、PlayStation VRやOculus、モバイルアプリなどで展開されています。

デバイスを装着したユーザーは、「Focus」「Calm」といったモードを選択します。すると、そのモードに合わせた視覚的・聴覚的な感覚が与えられ、科学的な研究に基づいたナビゲーションを受けながら瞑想を行えます。

4)https://www.tripp.com/

・Flow

「Flow」5) は、OculusやSteam VRなどで使用できるVR瞑想アプリです。このアプリではガイドによるVR空間での瞑想やストレッチングなどのプログラムを提供しており、例えば「アイスランドの自然に身を置いて瞑想する」といったさまざまな環境や音、専門家の指導などを選択できます。

このサービスには法人向けプログラムも用意されており、「ストレスマネジメントのためのトレーニングを提供する」「従業員の心を研ぎ澄まして集中力を高める」「従業員が生き生きと働けるレジリエントな職場文化を築く」「個人の内省を促す」など、瞑想やマインドフルネスを法人が導入するさまざまなメリットをアピールしています。

5)https://www.flow.is/

・Guided Meditation VR

「Guided Meditation VR」6) は、無料で使えるシンプルな瞑想アプリです。100以上の緑豊かな環境や、リラックスできるオーディオトラック、時間を計測するタイマーなどの機能が用意されています。また、瞑想では3時間以上の日本語ガイドも付いており、OculusやSteamでダウンロードしてすぐに利用することができます。

6)https://www.oculus.com/experiences/gear-vr/929143807179080/?locale=ja_JP

サイケデリック×XRの研究も

ここまで瞑想やマインドフルネスとXRを組み合わせたソリューションについて概観してきました。先述の通りこのアプローチは米国・欧州を中心に10年ほど試行錯誤が繰り返されてきた経緯があります。

さらに近年では、この瞑想やマインドフルネス×XRの潮流に、サイケデリック支援心理療法の知見を組み合わせようとするアプローチが検討されはじめています。サイケデリック支援心理療法では、知覚や気分、認知プロセスを変化させられる精神作用物質と心理療法を併用することで、うつ病や不安障害、PTSDなどメンタルヘルスの病状の治療を目指します。

イメージ画像:VRでウェルネスの瞑想をする人

『Virtual Reality as a Moderator of Psychedelic-Assisted Psychotherapy』*2 という論文によれば、瞑想やリラクゼーションにVRを補完的に組み合わせることで、サイケデリクスが引き起こすような、現実からの離脱や自己体験の変化、感覚知覚の増強などが起こせるといいます。これはつまり、VRがサイケデリクスの治療的な側面(リラックスを促し不安を軽減するなど)を引き出す触媒になりうるということです。

とりわけ前章で解説した「TRIPP」は、サイケデリック支援心理療法の分野に力を入れることで、独自のサービスへと進化させる研究に注力しています。7) 社会的な偏見も根強い幻覚剤などを使わずに、それを使用した時と同じような効果をVRによって再現する試みだと言えるでしょう。

ただし、このようなVRの特徴は有望だとして研究が進められているものの、サイケデリック支援心理療法との併用は経験的エビデンスが不足しているため仮説段階にあります。8)

VRがはじめて登場してから年数が経過し、ハードウェアの普及やソフトウェアを提供するプラットフォームの成熟とともに、誰もが「マインドフルネス×XR」のツールを自宅で揃えられるインフラが整いはじめています。職場などで発生するストレスに自分で対処し、メンタルヘルスの課題を引き起こさないための補助的なツールとして、今後XRはより普及していくでしょう。

7)Tech Startup Tripp To Use Virtual Reality To Improve Psychedelic Therapy

8)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35310225/

<参考文献>

*1 Xian Wang et al., Reducing Stress and Anxiety in the Metaverse: A Systematic Review of Meditation, Mindfulness and Virtual Reality, September 2022, DOI:10.48550/arXiv.2209.14645 LicenseCC BY-NC-SA 4.0

*2 Susanne Hempel et al., Evidence Map of Mindfulness., Evidence Synthesis Program, Washington (DC): Department of Veterans Affairs (US); 2014 Oct.

*3 Agnieszka D Sekula, Luke Downey, and Prashanth Puspanathan. 2022. Virtual Reality as a moderator of psychedelic-assisted psychotherapy. Frontiers in Psychology 13 (2022), 813746.