子ども向けアプリケーションや、注意機能を改善するデジタル治療が登場──発達障害(ASD/ADHD)支援におけるXR活用の現在地

子ども向けアプリケーションや、注意機能を改善するデジタル治療が登場──発達障害(ASD/ADHD)支援におけるXR活用の現在地

イメージ画像:ウェアラブルVRヘッドセットでメタバース ゲームを体験する少年

いまXRのテクノロジーが、注意欠如・多動性障害(ADHD)や自閉症スペクトラム障害(ASD)などの認知機能に課題を抱える発達障害を抱えた方への治療や支援に役立つ可能性が出てきました。

発達障害は原因が完全に解明されていないものの、XRによる介入の有効性を示す論文がいくつも登場しており、現在進行系で研究が積み重ねられています。本記事では、そんなADHD/ASDの治療を支援するXRの研究をレビューしながら、具体的に登場しているソリューションを紹介します。

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ADHD/ASDとは?

注意欠陥多動性障害(ADHD)は、子どもから大人まで広くみられる精神疾患です。有病率は年齢層によって異なりますが、世界中の学齢児童の約4~12%が罹患していると言われています。※1

「注意欠陥(持続時間の短さ)」「多動性」「衝動性」を症状の特徴とし、問題行動の多さから自信の欠如、社会的・学問的環境との不適合といった一次的・二次的合併症を引き起こすリスクが高くなります。子どものADHDは、医療費や教育費の増加、学業不振、薬物乱用障害(SUD)、その後の人生における社会機能の障害などにより、大きな経済的負担がもたらされる可能性があります。※2

現在、ADHDの主な治療法は薬物療法と認知行動療法(CBT)などの非薬物療法だとされており、メチルフェニデートやアトモキセチンの服薬と合わせて、セラピストによる心理的社会的介入の複合的な治療が行われます。※2

イメージ画像:先生と一緒に治療を受け、先生と一緒に学習をしている自閉症の男の子

また、自閉症スペクトラム障害(ASD)では、自閉症児は健常者と比較して、社会的情緒的相互性、非言語的コミュニケーション行動(例:アイコンタクトや表情の使用)、人間関係の発達・維持・理解(例:仲間への関心の低下や友達を作ることの困難さ)の点で異なっています。1)
このような違いは孤独感へと繋がり、学業や職業上の成果、人間関係などにも悪影響を及ぼす可能性があるとされています。※3

1)https://link.springer.com/article/10.1007/s40489-022-00320-y

ADHD/ASDにおける治療研究

そして近年、XR技術のADHDへの有用性の研究や応用が進んでいます。データベース検索を用いた研究によれば、2021年時点で300件以上のADHDとXRに関連する論文が存在することがわかっています。※1

イメージ画像:拡張現実を使ったトレーニング

それらの研究結果を統合すると、VRやAR技術は、ADHD症状をよりよく評価し、子どものADHD診断を改善するための効果的な評価ツールとして使用できる可能性があること。また、VR技術が従来の治療法を補強し、ADHD症状の管理における有効性を促進する可能性があることが、十分なエビデンスから示唆されていると結論付けられています。※1

また、2019年には「ARセラピスト」と呼ばれるゲームベースの拡張現実環境を用いてADHD患者の行動を向上させるために役立つ理論的認知モデルも提案されています。※4
従来のCBTに代わるオンライン代替法の提供を目的としたこの論文では、CBTを担当するセラピストの役割を模倣したARの可能性を模索。

従来では1対1でセラピストがついていなければできなかったCBTがバーチャル化することで、「効率よく実施できる」「どこからでもCBTを受けられる」「セラピストの経験レベルの影響を受けない」というメリットがあることが示唆されています。※4

さらに、ASDでも有効性の研究が進められています。拡張現実による介入が自閉症児の社会的スキル向上に有効かどうかを文献をもとに調査した2022年の研究によれば、「デジタルによって自閉症児の世界の認識を変えるポテンシャルは大きい」と評価しながらも、その介入が「日常生活に意味のある長期的な機能改善をもたらすか」などはまだ十分にわかっていないと指摘しています。※3
自閉症の人々の利益を第一に考えてデザインされた、理論的根拠のある追加研究が必要だとされています。

こうした状況に、別の角度からアプローチする研究もあります。2019年のピッツバーグ大学による研究「バーチャルリアリティが自閉症に新たな非侵襲的治療をもたらす可能性」2) によれば、脳波(EEG)誘導によるブレイン・コンピューター・インターフェイス(BCI)技術を用いた介入がASD患者の感情制御を改善する可能性があるとしています。

ASD患者の苦痛レベルの変化を表すパターンを脳波反応から検出し、それを本人にフィードバックすることで、自分自身の感情反応への気づきをもたらす。この技術は最終的に、スマートウォッチのようなアクセサリーに組み込むことも検討されています。3)

2)https://sciencex.com/wire-news/314640839/how-virtual-reality-may-provide-a-new-non-invasive-therapy-for-a.html

3)https://sciencex.com/wire-news/314640839/how-virtual-reality-may-provide-a-new-non-invasive-therapy-for-a.html

ADHD/ASD治療の具体的ソリューション

イメージ画像:仮想現実を体験する自閉症の子ども

こうした研究と並行して、いくつかのスタートアップ企業ではADHDやASDの治療を補助する役割のアプリケーションを開発しています。

ADHDの子ども向けアプリケーションを展開する「XRHealth」

「XRHealth」4) は、遠隔治療(テレヘルス)を米国で展開するクリニックです。VRを使ったリハビリ治療などを提供しており、ADHD/ASD治療用のアプリケーションがその一環として組み込まれています。

治療は専属のXRHealthセラピストとの面談とアセスメントからはじまります。個々人の症状ごとにVRの安全性を判断した後、治療計画を立案。その後、VRヘッドセットが自宅に届き、セラピストとコミュニケーションをしながら個別のプランを実施していきます。

XRHealthが公開しているADHDの子ども向けアプリケーションでは、例えばボクシングのようなゲームで、刺激に対してパンチする・避ける・無視するなどの選択をとりながら認知機能の向上を目指します。治療の効果を高めるために、セラピストはVRを体験中の患者のアイトラッキングデータや反応を測定し、必要に応じて難易度を変えるなどの調整ができます。

また、ASDの患者に対してもアプリケーションを提供しており、子どもたちの対人効果や感情調節を支援できると謳っています。VRセラピーでは、認知行動療法(CBT)などの技法を用いて不安状態から副交感神経優位のリラックスした状態へと導きます。

なお、XR HealthはFDAからの認可を得ていますが、このセラピーは薬物治療に代わるものではなく、あくまでも治療を補完するためのものとして位置づけられています。

4)https://www.xr.health/

ADHDの注意機能を改善するデジタル治療を目指す「EndeavorRx」

「EndeavourRx」5) は、主に8歳から12歳の子どものADHDの注意機能を改善するデジタル治療のために、米国のAkili Interactive Labsが開発したアプリケーションです。

ゲーム内でプレイヤーは神秘的な生き物を追いかけます。このゲームは動きが速く、難易度の高い挑戦が次々と現れるように設計されています。プレイヤーは問題解決能力を駆使して前進し、障害物を避けるために集中力を維持する必要のあるゲームプレイによって、マルチタスクをこなしながらクリアしていかなければなりません。

神経科学者とゲームデザイナーによって作られたこのゲームは、XRではなくスマートフォンによって提供されていますが、注意機能に重要な役割を果たす脳の領域を活性化させます。FDA認可の医療機器として指定されているEndeavorRxは、医療専門家による処方が必要。治療プログラムの一環として使用する必要があります。

発達障害は原因が完全に解明されていないこともあり、こうしたツールやサービスの開発はまだ発展途上だと言えます。しかし、XRの登場以降その有用性に関する論文は急激に増加しており、現在進行系で研究が積み重ねられています。

発達障害治療に効果的であるという十分なエビデンスが揃えば、近い未来、発達障害は幼少期からの治療によって改善・緩和できるものになっているかもしれません。

5)https://www.endeavorrx.com/

〈出典〉
*1 Saeideh Goharinejad et al., The usefulness of virtual, augmented, and mixed reality technologies in the diagnosis and treatment of attention deficit hyperactivity disorder in children: an overview of relevant studies, BMC Psychiatry volume 22, Article number: 4, January 2022

*2 Niamh Corrigan et al., Immersive virtual reality for improving cognitive deficits in children with ADHD: a systematic review and meta-analysis,Virtual Reality, February 2023

*3 Rebecca Roberts et al., Are Extended Reality Interventions Effective in Helping Autistic Children to Enhance Their Social Skills? A Systematic Review, Review Journal of Autism and Developmental Disorders, April 2022

*4 Saad Alqithami et al., AR-Therapist: Design and Simulation of an AR-Game Environment as a CBT for Patients with ADHD, Healthcare (Basel). 2019 Dec; 7(4): 146., November 2019