慢性痛治療におけるXR活用──オピオイド、神経刺激療法からXRによる治療へ

慢性痛治療におけるXR活用──オピオイド、神経刺激療法からXRによる治療へ

イメージ画像:VRを使った理学療法

世界中の多くの人々が日常生活において悩まされる慢性痛。これまで薬物療法や直接刺激を与えるなど、さまざまな方法が治療において試されてきました。

そんな潮流の中で、近年になって注目を集めているのがXR技術を活用した慢性痛治療です。患者の認知と感情を変化させ、痛みの知覚を減少させる研究が重ねられており、とりわけこれらは認知行動療法の原理に基づいています。

また、XRサービスの一部は慢性痛治療用としてアメリカ食品医薬品局(FDA)から認可を受けており、この新しい技術が慢性痛の緩和における有効な選択肢であることがわかってきています。本記事では、慢性痛の治療における過去の経緯を振り返りながら、XRがどのように利用可能で、慢性痛患者のQOLを向上させられるのかを検討していきます。

この記事の続きを見る方はログインしてください。

ログインしていただくと
◆これまでの慢性痛治療
◆XRを活用した慢性痛治療の登場
◆FDAに登録されている具体的なXRソリューション
をご覧いただけます。

これまでの慢性痛治療

慢性痛とは、最初の怪我や病気が治った後も長期間続く継続的な痛みのことです。慢性痛は完治が難しく、かつ仕事や家庭など患者の日常生活に長期にわたり影響を及ぼします。場合によっては、メンタルヘルスにまで悪影響を及ぼす可能性があり、人々のQOLを下げてしまう厄介な疾患であると言えるでしょう。

米国では何百人もの人が慢性疼痛で苦しんでいます。1) 理学療法や薬物療法、手術によって痛みが緩和される患者もいますが、治療による改善がうまくいかない患者もいます。

イメージ画像:リモートワークでのストレートネックによる首の痛み

こうした厄介な痛みに対して、昔から対処方法として用いられてきたのが薬物療法、とりわけオピオイドの処方です。しかし、麻薬性鎮痛薬であるオピオイドにはいくつもの問題がありました。

その一つは依存性です。時間とともに患者の体が薬に慣れてしまい、より多くの用量が必要になったり、患者が薬に依存するようになったりと、薬物乱用へとつながるリスクがあります。2) また、正しく処方されていたとしても副作用があり、便秘、吐き気、嘔吐、眠気、めといった副作用があります。2)

こうしたリスクや副作用から、オピオイドは医療上の懸念がありました。そこで慢性痛治療の代替案として浮かび上がったのが、神経刺激療法です。例えば、1960年代頃から電気信号を使用して脊髄に直接刺激を与え、痛みの信号を遮断する脊髄刺激法(SCS)が行われはじめます。3) 刺激装置を脊髄などに埋め込んで電気パルスを送り、痛みの信号が脳に到達する前に遮断することで慢性痛を緩和できる手法が普及しました。

こうした神経刺激を用いる手法により薬の服用を回避できますが、同時にデメリットも存在します。SCSは侵襲的なプロセスであり、植え付け手術と機器の維持が必要になります。また、SCSはあくまでも痛みを和らげるものであり、痛みの原因を取り除く根治療法ではありません。4)

1)FDA Authorizes Marketing of Virtual Reality System for Chronic Pain Reduction

2)MSD マニュアル 家庭版 オピオイド

3)http://neurosurgery.med.u-tokai.ac.jp/edemiru/itami/scs.html

4)https://www.bostonscientific.com/jp-JP/health-conditions/chronic-pain/chronic-pain-01.html

XRを活用した慢性痛治療の登場

イメージ画像:気分を改善するための仮想現実技術による治療

このように、従来の慢性痛治療で主流を占めてきた薬物療法・神経刺激療法はともに副作用などのデメリットや課題が残っていました。それを代替する、あるいは補完する治療法として現在期待されているのが、慢性痛の緩和にXRを用いる方法です。

そのアプローチにはさまざまなものがありますが、認知や行動のパターンを変えることで心的不調や生活上の問題を解決する「認知行動療法」の原理を活かしたものが主流です。例えば、慢性痛患者がXRで仮想空間に没入することで、痛みに関する注意を逸らして痛みを軽減できることがわかっています。*1 また、こうしたVRを用いた認知行動療法の効果は、専門の訓練を受けたセラピストによる治療と比較して劣らないと示唆されています。*1

そうしたXRサービスの一部には、慢性痛治療用としてFDAから認可を受けているものもあります。現実から切り離された世界に、視覚的、聴覚的に物理的に没入させることで、XRは患者の注意の焦点を逸らして痛みを和らげる効果が実証されています。*2

しかし、XRを使った方法はあくまで認知や感情を変えることで痛みに対する感覚にアプローチしているだけであり、これもまた根本原因を治療できたわけではありません。従来通りの薬物治療や神経刺激療法との組み合わせによって、総合的に痛みをコントロールしていくことが今後の治療において期待されます。

FDAに登録されている具体的なXRソリューション

イメージ画像:高齢者向けの仮想現実感覚刺激デジタルインクルージョン

AppliedVR「RelieVRx」

RelieVRx(旧名:EaseVRx)は、慢性痛の痛み(特に慢性腰痛)を軽減することを目的とした、認知行動療法や他の行動療法の原理を利用するVRシステムです。5) 患者が自宅で使用可能で、痛みの生理学的症状を対処し、スキルベースの治療プログラムを通じて痛みの軽減を支援することを目的として、認知行動療法の原理を応用しています。

RelieVRxはVRヘッドセットとコントローラーで構成されています。ヘッドセットには「呼吸アンプ」が装着され、患者の呼吸をヘッドセットのマイクに向けて深呼吸の練習に使用。1) この治療プログラムでは、リラクゼーションや注意の転換などに対応しています。2〜16分のVRセッション56回で構成され、8週間の治療プログラムの一部として毎日使用します。各セッションでは、日常生活における痛みの緩和と干渉の軽減を達成するスキルを学べます。1)

FDAでは、RelieVRxの安全性と有効性を、8週間のVRプログラムに参加した慢性腰痛患者たちをもとに評価。FDAが慢性疼痛軽減のためのVRシステムの販売を2021年に認可しました1)(旧名のEaseVRの頃に認可されています)。

5)https://www.relievrx.com/

XRHealth

XRHealthは「バーチャルクリニック」を掲げて、世界中の患者と臨床医をつなぐソリューションの確立を目指す企業です。いくつかアプリケーションがあるうちの一つに、慢性痛の治療に使えるVRプログラムが含まれています。6)

このプログラムでは慢性痛患者に個別に合わせた治療プランを提供し、他の治療法と併用しながら痛みを減らします。患者は自宅でVR治療を受けることができ、治療セッションの間は専任のセラピストがつきます。XRHealthのバーチャルクリニックプラットフォームはFDA登録済みのため、主要な保険会社を利用できる可能性があります。7)

薬物療法と刺激療法、XRなどさまざまなツールの組み合わせによって、慢性痛治療は進化を続けています。近年ではSCSの有効性やUXを向上させるようなツールも登場しており、8) 以前よりも気軽で多種多様な治療の選択肢が生まれています。誰もが突然抱えるようになる可能性がある慢性痛ですが、確たる治療法が確立される日も近いかもしれません。

6)https://www.xr.health/chronic-pain-treatment/

7)https://www.moguravr.com/xrhealth-financing-2/

8)https://www.medicaldevice-network.com/news/us-fda-abbott-proclaim-xr-scs/

〈出典〉

*1 Laura M Garcia et al., An 8-Week Self-Administered At-Home Behavioral Skills-Based Virtual Reality Program for Chronic Low Back Pain: Double-Blind, Randomized, Placebo-Controlled Trial Conducted During COVID-19, Published online February 2021

*2 Jiaheng Wang et al., Extended Reality for Chronic Pain Relief,VRST '19: Proceedings of the 25th ACM Symposium on Virtual Reality Software and Technology, Article No.: 109, Pages 1–2, November 2019