「感情AI」とXRを活用した自己の感情コントロール・他者の感情認知研究

「感情AI」とXRを活用した自己の感情コントロール・他者の感情認知研究

イメージ画像:感情AIによる心理療法セッションでの患者と心理学者

近年、「感情AI(Emotional AI)」と呼ばれる技術が注目を集めています。「アフェクティブ・コンピューティング」とも呼ばれる感情AIは、人間の感情や情動を扱うコンピューター技術の一分野であり、人間の表情・話し声・身振りを、AIを用いて認識し、分析や解釈を行う手法です。

本記事では、ヘルスケアなどへの応用も試行錯誤されている感情AIの技術について、代表的なスタートアップを紹介しつつ、感情AIとXRを掛け合わせたASD治療への応用についても解説していきます。

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◆感情AIは医療やヘルスケア領域でいかに活用されているのか?
◆感情AIにおけるヘルスケアソリューションを手がけるスタートアップ
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感情AIは医療やヘルスケア領域でいかに活用されているのか?

感情AIとは、顔の表情、ジェスチャー(しぐさ・姿勢・態度)、音声、言葉(テキスト)、バイタルサインなどから人間の感情を認識し、分析や解釈をする領域を指します。こうしたさまざまなデータから、幸福や悲しみ、恐怖」などの感情を検出することによって、リアルタイムに感情の状態をフィードバックしたり、精神状態を予測したりできるとされています。1)

人間の感情を検出することで、感情AIは業務に活かすことができます。まず挙げられるのは、メンタルヘルスケアの診断における活用です。2)カメラを用いた表情、音声の分析などから、患者のストレスや不安、うつ病などの状態を検出して治療の指針を立てる支援を行います。

イメージ画像:チームとのwebミーティングで疲れ果てた悪い表情で感情的に叫ぶ怒った人

また、認知症患者への対応に用いることも期待されます。2)認知症の患者は、自分自身の感情の状態を理解するのが難しく、さらに介護者に自分の気持ちを伝えるのが難しいことが多いと言われています。そのため介護者は常に相手の気持ちを読み取る心的負荷がかかりますが、感情AIはその負担を軽減できます。2)

1)What is Affective Computing / Emotion AI (2023)

2)Emotion AI: Why It's The Future Of Digital Health

感情AIにおけるヘルスケアソリューションを手がけるスタートアップ

こうした感情AIを活かしたスタートアップが、次々に登場しています。そのうちいくつかをご紹介します。

Affectiva

Affectiva3) 社は、「テクノロジーを人間的なものにし、人間と機械のギャップを埋める」ことをミッションに掲げて表情や声のパターンを分析して人間の感情を検出する感情AI「Affdex(アフデックス)」を開発する企業です。2021年に競合であるスウェーデンに本拠地を置くAIベースの視線追跡技術を開発する企業・Smart Eye4)社に買収されています。

Affectivaは、2009年にMITメディアラボからスピンアウトして独立したスタートアップで、AI研究者で起業家でもあるラナ・エル・カリウビー氏によって設立されました。同氏はMIT メディアラボでメンタルヘルスや自閉症の研究を含むさまざまな分野で感情AIの応用研究を推進。作家としても活動するなど、この領域の旗振り人として活躍しています。

Affectiva社では、メディア、エンターテインメント、市場調査会社が、消費者や視聴者がどのようにコンテンツや製品、サービスに関与しているかを理解できるよう支援する事業を行っています。スマート・アイのソリューションと組み合わせて大手自動車メーカーに導入することにより、車載カメラを使ってドライバーや乗員の状態をリアルタイムで測定するAIも開発しています。その一環として、メンタルヘルスの評価やモニタリング、自殺防止などを可能とするヘルスケア領域のツールへの応用可能性も示唆しています。5)

3)https://www.affectiva.com/

4)https://smarteye.se/

5)https://blog.affectiva.com/5-takeaways-on-emotion-ai-biosensors-in-mental-health-research

イメージ画像:高度な顔認証技術によるメンタルヘルスへの応用

Hume AI

HumeAI6)は、グーグルの元研究者であるアラン・コーウェン氏が設立した、言葉、表情、声の調子などから感情の測定を目指したツールを開発するスタートアップです。

同社が開発する「empathic AI」の特徴は、世界中で収集した膨大なデータを分析により「偏りがない」モデルで構築されていること。人種などに極力影響されず、特定の表情筋の動きや非言語的な音声を普遍的に測定できます。7)これによって、より正確な診断や適切な治療社とのマッチング、進捗状況のトラッキングなどが可能になります。

6)https://hume.ai/

7)https://www.fiercehealthcare.com/ai-and-machine-learning/northwell-invests-hume-ais-nonverbal-voice-assessment

Ellipsis Health

Ellipsis Health8)社は、AIを用いて人間の声をメンタルヘルスのバイタルサインとして活用する音声バイオマーカー企業です。短い音声サンプルを分析することにより、ストレス、不安、うつ病の重症度を評価しモニタリングします。

また、保険会社や雇用主、デジタルヘルス企業とのパートナーシップを通じて、Ellipsis Healthは診断までの時間短縮やコストの削減を実現。2022年に最も有望なデジタルヘルス企業150社を紹介するCBインサイツの「デジタルヘルス150」にもEllipsis Health社は選出されています。9)

8)https://www.ellipsishealth.com/

9)https://www.ellipsishealth.com/post/ellipsis-health-named-to-the-2022-cb-insights-digital-health-150-list

感情AI × XR領域の模索

イメージ画像:自閉症スペクトラム障害の子どもたちに他者の感情認知をもたらす行動療法

さらに、感情AIとXRを組み合わせることで患者の治療に活かす事例もあります。Googleが2013年からARデバイスとして開発を進めている「Google Glass」では、自閉症スペクトラム障害の子どもたちに他者の感情認知をもたらす行動療法を施す「Superpower Glass」10)という研究プロジェクトが進んでいます。

自閉症の子どもたちは他人の表情から感情を読み取ることが不得意ですが、感情AIを搭載したAR Grassを装着すると、他人の顔を見た時に表情から感情を認識。「幸福」「怒り」「驚き」「悲しみ」「恐怖」「嫌悪」「軽蔑」など、その人の感情を表示します。これによって、他者の人間の感情の読み取り方を自閉症の子どもたちが習得できる仕組みになっています。11)

また、同様に前述したAffectivaでも、「Brain Power」社と提携して自閉症の子ども向けソリューションを提供しています。12)Affectiva の感情認識システムを活用して開発されたARスマートグラスシステム「Brain Power System」は、自閉症の子どもや大人が重要な社会的スキルや認知スキルを自分自身で学習できるように支援します。

また、近年のXRでは不安やうつ症状を軽減する介入にXR技術を活用する試みがなされています。代表的なものとして、VR空間を用いた暴露療法(virtual reality exposure therapy: VRET)が挙げられます。飛行機や高所などの恐怖症、パニック障害、社交不安障害をもつ者に対してVR空間での曝露を行うことで、症状を緩和します。13)

また、VRETの利点は,曝露シナリオを自由に設計して、デバイスを用いるだけで低コストで曝露が可能であること。また、近年のメタ分析により、VRETは現実での曝露と同等に有効であることがさまざまな症例で報告されているといいます。13)感情AIによって認識した患者の感情に対して、こうしてXRを用いて介入していく可能性も期待できます。

そのほかにも、感情AIは患者の動きを細かく監視するための集中治療室で活用したり、遠隔治療の精度を上げたり、高齢者ケアの現場に用いたりといった可能性があります。14)感情認識の技術向上と医療を掛け合わせることで、より良い医療の発展につながっていくかもしれません。

10)https://autismglass.stanford.edu/

11)https://gigazine.net/news/20200327-google-glass-austic-kids/

12)https://www.affectiva.com/success-story/brain-power/

13)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ems/8/1/8_ES811/_pdf

14)https://medicalfuturist.com/ambient-intelligence-and-emotion-ai-in-healthcare/

【参考文献】

デジタル技術による感情研究の拡張ー社会実装の可能性と課題ー, 木村健太, エモーション・スタディーズ 第8巻第1号 pp. 63─73, 2022