【テーマ:COVID-19③】
Embitterment(慨嘆):コロナウイルスによるパンデミックにおける特有の精神的反応

PSYCHOPATHOLOGY, 54, 232-241, 2021 Embitterment as a Specific Mental Health Reaction during the Coronavirus Pandemic. Muschalla, B., Vollborn, C., Sondhof, A.

背景と目的

新型コロナウイルスによる新しい感染症の急速な拡大は2020年初頭に始まり,2020年3月にはWHOによりパンデミックであると宣言された。この感染症との戦いは全世界に広がり,感染者数を制御する目的で日常生活における自由が様々な形で制限され,一定の成果に繋がった。しかし,その一方で,多くの人,特に精神疾患を持つ人にとっては対応能力や精神的健康が脅かされることとなった。

パンデミックにより生じる二次的な健康問題として慨嘆(embitterment)を考える必要がある。慨嘆とは理不尽に対する反応として生じる,怒り,破壊的な怒り,復讐の考えを伴う否定的な感情であり,その結果として社会参加に問題が生じる。慨嘆は,不安や気分障害などの一般的な精神病理と関連しているかもしれないが,同一ではなく,深刻な結果を伴い得る独自の感情の質(破壊的な怒り,復讐心)である。

本研究では,パンデミックの期間における慨嘆に関する次の疑問を検証する。①パンデミックにおいて慨嘆を感じる頻度は,平時と比較して同程度なのか。②慨嘆と他の精神的問題に関連はあるのか。すなわち,精神的問題を抱えていないが慨嘆を抱える人や,精神的問題を抱えているが慨嘆を抱えない人はいるのか。③強い慨嘆を抱える人,精神的問題を抱えた人,慨嘆と精神的問題の両方を抱えた人,そして両方がない人を区別する因子にはどのようなものがあるのか。

方法

ドイツ,スイス,オーストリアの一般住民を対象に,オンライン調査を実施した。全ての年齢層・職業・性別を対象とし,70の多様なウェブサイトやメーリングリストを用いて対象者を組み入れた。調査は,2020年11月と12月に,店舗やレストラン,文化施設,アクティビティ施設などが閉鎖された2回目のロックダウンが行われた段階で実施された。調査票の記入は3,353名が行い,十分な回答が得られた3,208名のデータを用いて解析を行った。

社会人口統計学的特性の情報及びパンデミック中に経験した負担の有無と種類の調査,精神的・社会的問題の有無の評価,構造化面接を用いた精神科診断に関する評価,WHO-5幸福度評価,PTED embitterment self-rating scale(PTED尺度)を用いた慨嘆に関する評価,12-WD-Sを用いた知性に関する評価,RS-13レジリエンス尺度を用いたレジリエンスに関する評価を行った。

結果

参加者の平均年齢は47.5歳で,29.9%が障害を伴う精神的問題を抱えており,すでに治療を受けていると回答した。全体のうち,15.8%が強い慨嘆を有していた。先行研究では平時の慨嘆の頻度は4%と報告されており,高い水準と考えられる。

慨嘆と精神的問題は独立した現象として発生しており[精神的問題も慨嘆もない人1,953名(60.9%),精神的問題はあるが慨嘆がない人751名(23.4%),精神的問題がなく慨嘆がある人306名(9.5%),精神的問題も慨嘆もある人198名(6.2%)],PTED尺度と精神疾患の存在の相関は小さかった(相関係数:-0.109)。慨嘆を有する人は,そうではない人と比較して,近親者や自分がコロナウイルスに感染することを恐れておらず,自分は健康的ではない,雇用主や政策の危機管理が悪い,負担が大きい,幸福度が低いと感じていた。

結論

コロナウイルスのパンデミックにおける不安と,慨嘆は明確に区別される。また,慨嘆は他の精神疾患とは関係なく,独自の感情の質として現れた。今回の結果は,慨嘆が平時だけでなく,世界的に永続する大きな心理社会的・経済的ストレス因子(パンデミックやそれに伴う日常生活の制限など)の存在下でも観察されることを示すものである。

慨嘆は,深刻な精神衛生上の問題や社会医学上の影響に繋がる可能性があり,政策や公衆衛生的観点からも注意が払われるべきである。たとえば,経済的・社会的な制限や負担をできるだけ小さく,短期間にとどめることや,経済的・社会的な制限による精神的健康への影響を考慮したパンデミック時の管理方法を見つけることが必要である。

253号(No.1)2022年4月1日公開

(内田 貴仁)

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