抑うつと不安の症状を持つ患者は医療従事者が様々な人種や民族の文化を理解していると認識しているか:後方視的集団ベース横断研究

LANCET PSYCHIATRY, 8, 957-968, 2021 Racial and Ethnic Differences in Perception of Provider Cultural Competence Among Patients With Depression and Anxiety Symptoms: A Retrospective, Population-Based, Cross-Sectional Analysis. Eken, H. N., Dee, E. C., Powers, A. R. 3rd, et al.

はじめに

人種や民族の少数派は医療に繋がりにくいことが知られている。特に精神科医療においては,他の医療の領域とは異なり,患者と医療従事者間で共通理解に基づく治療同盟を築くことが重要であるため,この観点はより重要になる。医療従事者の文化理解度を高めること,すなわち,社会面・文化面・言語面において多様な患者の個別性に応じたケアを医療従事者が提供することは,治療の改善に繋がることが明らかになってきている。従って,医療従事者の文化理解度を高めることが,人種による治療成績の格差の減少に繋がる可能性がある。

精神科医療においては,うつ病や不安症の罹患患者における人種間の格差については多くの研究が行われてきているが,これらの患者が医療従事者の文化理解度をどのように認識しているかについては研究されていない。今回著者らはこの点に焦点を当て,後方視的集団ベース横断研究を行った。

方法

米国国民保健面接調査(US National Health Interview Survey:NHIS)に2017年に参加した成人を対象にした。NHISに2017年から組み込まれた文化理解度調査データと,DSM-5のうつ病と全般不安症に相当する内容(精神症状の頻度と重症度に対する質問票)が組み込まれている,Adult Functioning and Disability Surveyの自己記入式質問票からのデータを抽出した。

統計手法として多変量順序ロジスティック回帰を用いた。目的変数は文化理解度調査における質問項目である,「文化理解度が医療従事者にとってどのくらい重要であるか」「どのくらい頻繁に文化を共有している医療従事者から治療を受けられるか」という二つの質問を用いた。説明変数には年齢,性別,性的志向,人種,民族,婚姻状況,居住地域,市民権の状態,保険の状態,社会経済的状況,健康状態,前年に精神科の医療従事者から治療を受けたか否か,抑うつと不安の有無といった項目を含めた。事後解析として,抑うつ症状を呈する参加者のみで上記と同様の解析を行った。

結果

対象となったのは3,910名で,年齢の中央値52歳,女性の割合が60.9%であり,このうち8.2%が抑うつの症状,27.5%が不安の症状を示した。人種別では,白人の割合は82.7%,アフリカ系9.1%,アジア系4.8%,北米の先住民0.8%,混血2.6%であった。民族別ではヒスパニックの割合は12.5%であった。

医療従事者の文化理解度を重要であると捉えるグループは,抑うつ症状を呈する参加者[オッズ比(OR)=1.57],少数派の人種(アフリカ系vs白人:OR=2.54,アジア系vs白人:OR=2.57,混血 vs 白人:OR=1.69),ヒスパニック(vs 非ヒスパニック,OR=2.69),女性(vs 男性,OR=1.33)であった。女性を除き,これらのグループはいずれも,文化を共有している医療従事者から治療を受けられないと捉えていた(抑うつ症状を呈する参加者:OR=0.63,アフリカ系 vs 白人:OR=0.56,アジア系 vs白人:OR=0.38,混血vs 白人:OR=0.35,ヒスパニック vs 非ヒスパニック:OR=0.61)。不安症状に関しては,二つの目的変数との関係が認められなかった。

抑うつ症状を呈する参加者のみを対象とした事後解析からは,アフリカ系,先住民,ヒスパニックのグループが,文化理解度が重要であると捉えていた。

考察

本研究は,抑うつ症状を呈する患者や人種・民族の少数派が,精神科医療従事者に彼ら自身の文化を理解してもらいたいと考えている点を明らかにした。精神科医療において,これらの集団に対する文化理解度を高めて謙虚にアプローチしていくことが重要であると考えられる。

253号(No.1)2022年4月1日公開

(船山 道隆)

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