双極性障害患者の前頭前野におけるプロモーターでのDNAメチル化減少及び遺伝子特異的な神経細胞メチル化亢進

MOL PSYCHIATRY, 26, 3407-3418, 2021 Decreased DNA Methylation at Promoters and Gene-Specific Neuronal Hypermethylation in the Prefrontal Cortex of Patients With Bipolar Disorder. Bundo, M., Ueda, J., Nakachi, Y., et al.

背景と方法

双極性障害(BD)は遺伝因子と環境因子との複雑な相互作用によって引き起こされる。DNAメチル化等のエピジェネティクスは,発生過程における遺伝因子と環境因子との相互作用を反映し,長期的な遺伝子発現状態に影響を与えるものである。また,脳細胞のDNAメチル化状態は,細胞種によって大きく異なることがわかっており,細胞種に応じたエピジェネティクス解析も重要である。

本研究では,環境因子がBD患者の脳にどのような影響を与えるかを検討するため,BD患者34名と対照者35名から得た死後脳検体を用いて,前頭前野の神経細胞及び非神経細胞のプロモーター領域全体のDNAメチル化解析を行った。

結果

メチル化領域(MR)の総数は,対照群及びBD患者群それぞれにおいて,非神経細胞よりも神経細胞で有意に低かった(p=0.0006及びp=4.75E-05)。また,BD患者群では対照群と比較して,MRの総数が神経細胞(p=0.0031)及び非神経細胞(p=0.0318)の両方で有意に減少していた。

遺伝子オントロジー(Gene Ontology:GO)解析により,メチル化可変領域(DMR)関連遺伝子を調べたところ,神経細胞ではキネシン複合体関連遺伝子・微小管関連遺伝子・分子運動関連遺伝子,両方の細胞型ではケモカイン活性化関連遺伝子及び炎症関連遺伝子,非神経細胞ではイオンチャネル及びトランスポーター関連遺伝子が濃縮されていることが明らかになった。更に詳細なGO解析により,BD患者の神経細胞では,NTRK2GRIN1などの成長円錐樹状突起関連遺伝子が高メチル化されていることが明らかになった(両遺伝子は,精神疾患における長年の研究対象であり,BD患者の死後脳におけるダウンレギュレーションが確立されている)。

次に,DNAメチル化変化に対する薬物の影響を評価するため,3種類の気分安定薬の最小治療濃度及び最大治療濃度下で8日間培養した細胞を回収し,同じアレイプラットフォームでDNAメチル化パターンをプロファイリングした。そして,BD患者群で検出されたDMRと細胞培養で検出されたDMRとの関係を調べた。その結果,BD患者のDMRの最大37.9%が気分安定薬誘発性のDMRと重複していることがわかった。興味深いことに,気分安定薬誘発性のDMRは,BD患者のDMRの変化と逆の方向を示し,このことによって気分安定薬のDNAメチル化に対する治療効果が示唆された。

更に,先行研究データを用いて,BDのゲノムワイド関連解析研究(GWAS)によって同定された染色体上の遺伝子座とDMRを比較した。結果,BD患者のGWASで同定された30の遺伝子座のうち,8の遺伝子座は合計12のDMRを含んでいた。遺伝子レベルでは,前述のGWASと本研究の間で同定された遺伝子に重複も確認された(CACNA1CSHANK2GRIN2Aなど)。

最後に,BD患者のDNAメチル化変化に関与する遺伝子を調べるために,定量PCRを用いて遺伝子発現を調べた結果,BD患者群では対照群に比べてDNMT3Bが過剰に発現していることがわかった(図)。

結論

本研究ではBD患者の前頭前野において,細胞種に特異的な,病態に関連したDNAメチル化の変化を観察し,その分子メカニズムとしてDNMT3Bの発現増加を同定した。本研究結果は,BDの分子病態の解明に役立つものである。

図.DNAメチル化関連遺伝子の定量PCR

253号(No.1)2022年4月1日公開

(吉田 和生)

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