アルツハイマー病におけるアミロイドとタウ:生物学的マーカーか治療の分子標的か? 濡れ衣か?

AM J PSYCHIATRY, 178, 1014-1025, 2021 Amyloid and Tau in Alzheimer's Disease: Biomarkers or Molecular Targets for Therapy? Are We Shooting the Messenger? Kumar, A., Nemeroff, C. B., Cooper, J. J., et al.

アルツハイマー病(AD)の増加と共に世界疾病負担も大きくなっている。本稿ではADの臨床的・神経病理学的起源をレビューし,診断的・治療的アプローチについて言及した。

歴史

ドイツの精神科医アルツハイマーが,認知機能障害と妄想や興奮を呈した患者の死後脳を観察したところ,びまん性脳萎縮と,病理学的に老人斑と神経原線維変化が認められたことが,初の報告である。

分子神経病理

前駆体タンパク質(APP)の部分断片であるアミロイドβ(Aβ)が神経細胞外に蓄積すること(老人斑)により,細胞内のリン酸化タウが凝集し(神経原線維変化),神経細胞死に至る。AβやタウはADの神経病理学的な定義となっており,生物学的マーカーとしても注目されている。

神経画像

核磁気共鳴画像法(MRI)では海馬などの限局性脳萎縮を検出できる。フルオロデオキシグルコース陽電子放射断層撮影(FDG-PET)では脳のグルコース利用低下を検出することができ,これにより神経活動低下が特定できる。Aβに蓄積する薬剤を放射性核種で標識するβアミロイドPETイメージングは,ADと軽度認知機能障害(MCI)の区別,ADへの進展予測,病理学的メカニズム解明や治療効果判定に役立つ。正確な生体内のタウイメージングは,診断や治療予測の分野に役立つ。

脳脊髄液(CSF)におけるアミロイドとタウ

ADの神経病理学的特徴はCSFに反映され,Aβ42はアミロイドプラーク負荷と逆相関し低値となり,脳のAβ沈着の程度と関連する。総タウは,神経脱落や病理学的ADステージと共に増加するがAD特異的ではない。リン酸化タウは神経原線維変化の程度を示すマーカーとして増加する。

血液中のアミロイドとタウ

非侵襲性で低コストである,ADの血液生物学的マーカーの研究が進められている。血漿中のリン酸化タウ181の高値はAβ PET陽性,認知機能低下,海馬の萎縮を予測するという報告がある。

二次的生物学的マーカー

二次的生物学的マーカーには,インターロイキンなどの炎症性マーカー,脳由来神経栄養因子(BDNF)・神経成長因子(NGF)などのノイロトロピン,ニューログラニンなどのシナプスタンパク質,ニューロフィラメントなどがある。

代謝

AD脳においては,スフィンゴ脂質やグリセロリン脂質代謝が関与している可能性がある。

遺伝

65歳未満で発症する若年性ADでは,約半数で常染色体優性遺伝が認められる。APPの突然変異であるPSEN1及びPSEN2が,若年性ADの半数以上で認められる。散発性の老年期ADはAPOE遺伝子と関連しているが,ADリスクを予測するためにAPOEの遺伝子型判定を行うことは推奨されない。

ADの臨床診断に対する生物学的マーカーの寄与

生物学的マーカー単独では診断には十分でないが,CSFや神経画像などを組み合わせることで,より正確に早期にADを発見し得る。ADではCSF中のAβは低下し,タウは増加する。CSF中のAβ低値はAD発症25年前に検出され,PETによる脳内Aβ沈着の増加は発症15年前に検出し得る。

臨床vs生物学的マーカー

最新のAD分類システムであるATN(A:アミロイド,T:タウ,N:神経変性・損傷)では,生物学的マーカーを,病態生理学的過程に基づいて三つに分類しており[A:アミロイドPETまたはCSF Aβ42,T:CSF p-タウまたはタウPET,N:FDG-PETまたは構造的MRIまたはCSF t-タウ],前臨床ADを含めた疾患ステージの判定が可能となってきている。

アミロイドは生物学的マーカーか,治療標的か?

認知機能低下のない人の20~30%にもアミロイド蓄積が認められ,病理学的に完全適合した認知症患者は63%であったという報告もあり,単一の生物学的マーカーでは不十分である。抗アミロイド薬により,CSF中のタウの減少とAβの増加が認められたが,生物学的マーカーの値と臨床症状の改善との相関はなかった。しかし,MCIから臨床的ADへの進展を予測できる可能性がある。

AD治療

アセチルコリンエステラーゼ阻害薬などのニューロトランスミッターに基づく薬物治療が行われているが,認知機能低下を改善する根拠はない。脳に蓄積したAβを除去または予防する治療に焦点が当てられており,Aβやタウは生物学的マーカーとしてよりも,薬物開発・治療の分子標的として利用されてきている。

253号(No.1)2022年4月1日公開

(石﨑 潤子)

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