自閉スペクトラム症の小児及び青年へのオキシトシン経鼻投与

N ENGL J MED, 385, 1462-1473, 2021 Intranasal Oxytocin in Children and Adolescents with Autism Spectrum Disorder. Sikich, L., Kolevzon, A., King, B. H., et al.

背景

オキシトシンは,これまで自閉スペクトラム症(ASD)に伴う社会的障害への新しい治療法として注目されてきた。動物実験では,オキシトシンによる社会的な接近及び記憶の改善が見られた。また,精神疾患のないヒトへのオキシトシン投与でも,社会的な親和性,記憶,そして共感の能力が向上することが示されている。いくつかの研究ではASDを持つ小児における血漿オキシトシン濃度の低下が認められた。メタ解析では,ASDとオキシトシン受容体遺伝子との関連も示されている。

これらの所見はASDに対するオキシトシンの臨床的有用性を示唆するものの,決定的なエビデンスは得られていない。いくつかの研究ではオキシトシンの経鼻投与がASDにおける社会認知や意欲を改善することが示唆されたが,別の研究ではそれらに対して否定的な結果も認められている。これらの結果が一貫していないのは,統計的な検出力の限界と参加者の異質性の高さに由来するものと考えられる。そこで著者らは,小児及び青年のASD患者に対する24週間のオキシトシン経鼻投与が社会機能を改善させるかどうかについて,プラセボ対照無作為化比較試験を実施した。

方法

3~17歳で,DSM-5にてASDと診断された被験者が本研究に参加した。被験者は治療薬群とプラセボ群に1:1で割り付けられた。投与は,最初の7週間は8単位から開始され,8週目から48単位(標的用量)とした。標的用量を7週間維持できた場合は,その後は4週ごとに16単位増加し,最大で80単位まで投与可能とした。研究者及び被験者からの申し出があった場合,投与量は減量できることとした。4,8,12,16,20,24週目に研究者と面接し,臨床評価及び認知機能検査を行った。

主要評価項目は,基準時点から24週目のABC modified Social Withdrawal subscale(ABC-mSW;13項目から成る社会機能に関する尺度)の変化とした。副次評価項目は,SRS-2 Social Motivation subscale(SRS-2-SM;社会機能に関する尺度),Sociability Factor(社会機能に関する尺度)とSB5 Abbreviated IQ(IQに関する検査)における評点の基準時点からの変化とした。

全ての診察時に,有害事象に関するモニタリングを行った。

結果

290名が組み入れ基準を満たし,146名がオキシトシン群,144名がプラセボ群に割り付けられた。更に,ABC-mSW評価を行うことができたオキシトシン群139名,プラセボ群138名が,治療企図(intention-to-treat)解析に組み込まれた。オキシトシン群では14名,プラセボ群では13名の脱落者が認められ,両群共に125名が研究を完遂した。

主要評価項目であるABC-mSWの基準時点からの変化量については,両群間に統計学的な有意差が認められなかった。また,副次評価項目においても同様に,両群で明らかな統計学的な有意差は認められなかった。

重篤な有害事象は3件報告された。そのうちの一つはオキシトシンの鎮静効果による交通事故であった。4名の被験者がオキシトシン群から有害事象を理由に脱落したが,その最たる理由は過敏性と攻撃性の亢進であった。

結論

本研究の結果からは,24週間のオキシトシン経鼻投与によって,ASD患者において社会的交流及びそれ以外の社会機能の改善は見られないということが明らかになった。

253号(No.1)2022年4月1日公開

(和田 真孝)

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