うつ病に対する電気痙攣療法:80年の進歩

BR J PSYCHIATRY, 219, 594-597, 2021 Electroconvulsive Therapy for Depression: 80 Years of Progress. Kirov, G., Jauhar, S., Sienaert, P., et al.

電気痙攣療法(electroconvulsive therapy:ECT)は80年以上前に開発された治療法である。米国食品医薬品局(FDA)は2018年にECTの科学的なデータのレビューを行い,ECTは安全で有効であり,重症なうつ病とカタトニアに対して安全性と有効性を検証する試験はこれ以上必要ないと結論づけた。他の治療で改善しないうつ病に対して高い寛解率を示すものの,ECTは長く治療の失敗を繰り返した後に施行されることが多く,「最後の手段」と誤って認識されている。近年の経済学的な解析では,ECTは費用対効果が高く,二つ以上の抗うつ薬や精神療法が効かなかった後に,より早期に検討すべき治療と考えられている。

うつ病に対するECTの最適化

2003年に英国で行われた無作為化対照試験(RCT)及び観察研究のメタ解析の結果,ECTのシャム刺激に対する実刺激のエフェクトサイズは0.91,抗うつ薬に対するECTのエフェクトサイズは0.80であった。

1980年代からECTの方法論が発展し,有効性を維持しながら副作用を軽減するため,刺激パルスの幅や振幅,電極配置などが工夫されてきた。それらの研究をまとめると,右片側の電極配置において超短パルス波ECTは短パルス波ECTよりも有効性は劣るが認知機能への影響は少ない。短パルス波高用量右片側ECTは両側側頭部ECTよりも認知機能への影響が少なく有効性は同程度だが,効果発現までの時間は遅い可能性がある。従って,効果と副作用を考慮し個別の患者ごとにECTの方法を工夫することが可能である。

ECTの安全性

ECTのよくある副作用は嘔気,筋肉痛,頭痛などであるが,これらは一時的で内服薬で対応可能である。ECTによる死亡率は非常に低く,10万件に対して2.1の死亡と見積もられている。実際にECTは全原因死亡率の低下と関連している。ECTが脳へのダメージを引き起こすという信頼性のあるエビデンスはなく,大規模な登録研究で,ECTは認知症や脳卒中のリスクを上げないことが示されている。

ECTで最も影響される認知機能は短期記憶と遂行機能である。ECTの逆行性の自伝的記憶への影響については定量化が難しいという問題がある。たとえば自伝的記憶は1.5~3ヶ月の間隔で25~40%検査結果が一致せず,低下することは正常とされるが,ECTの影響はこの範囲にあり,またうつ病そのものにも自伝的記憶への影響があることが知られている。現時点では認知機能障害を呈する個人を予測することは不可能である。

治療反応と寛解維持

臨床的な治療反応予測因子としては,精神病症状の存在と高齢であることがメタ解析で示されている。治療抵抗性とエピソードの長さはECTの低い治療成績と関連しているが,薬物療法よりは成績は良い。

ECTの再燃率の高さが批判されることがあるが,メタ解析では,抗うつ薬治療を行った治療抵抗性うつ病の再燃率と同等であることが示されており,ECT後の再燃はうつ病の自然経過を反映している。抗うつ薬による維持治療がされないとECT後の再燃は6ヶ月の時点で78%と報告されており,なんらかの維持治療は必要である。その最適化の方法はまだわかっていないが,ECTによる維持治療は厳密なスケジュールよりもフレキシブルにした方が良いことは過去の研究から示唆されている。

ECTの未来

80年以上経っても,うつ病に対してECTと同等の治療効果を持つ治療は開発されていない。しかし誤解や偏見,認知機能への影響に対する懸念などからECTへのアクセスが難しいこともある。また,ECTの作用機序が十分にわかっていないという問題もある。基礎研究はECTの作用機序における神経可塑的な変化の重要性を示唆している。ECTによる分子や細胞レベルの作用機序はうつ病そのものの生物学に対する理解にも繋がり,また新しい治療法の発展に寄与するであろう。

254号(No.2)2022年6月20日公開

(髙宮 彰紘)

このウィンドウを閉じる際には、ブラウザの「閉じる」ボタンを押してください。