老年期うつ病患者におけるタウPETリガンドの過剰な滞留

MOL PSYCHIATRY, 26, 5856-5863, 2021 Excess Tau PET Ligand Retention in Elderly Patients With Major Depressive Disorder. Moriguchi, S., Takahata, K., Shimada, H., et al.

うつ病はアルツハイマー型認知症や非アルツハイマー型神経変性疾患の危険因子であるというエビデンスが蓄積されている。認知症の高齢者のうちおよそ30%程度が最初に精神疾患,特にうつ病であると診断されている。これらのことから,うつ病と神経変性疾患は神経病理学的に共通している可能性が示唆される。その主たる分子や細胞の変化はまだ同定されていないが,タウやアミロイドベータ(Aβ)が関連している可能性がある。認知症で見られるタウやAβの蓄積は抑うつ状態に伴うニューロンの低下を促進すると言われ,更にうつ病の原因となる慢性ストレスはタウやAβによる認知機能低下をも引き起こすことが動物実験で示されている。

これまで,タウとAβ両方に結合するイメージング剤18F-FDDNPで行われた認知機能正常な老年期うつ病の陽電子放出断層撮影(PET)研究では,うつ病の脳内で18F-FDDNPの結合が高いことが認められたものの,それがタウ蓄積によるものなのか,Aβ蓄積によるものかは不明のままであった。

目的

本研究では老年期うつ病を対象に,タウならびにAβに特異的に結合する二つのイメージング剤を用いて,それらの蓄積量ならびに分布と,臨床的特徴との関連を明らかにすることを目的とした。

方法

20名のうつ病患者(年齢71.9±7.7歳,女性16名)を募集した。頭部外傷歴はなく,認知機能も正常であった。うつ病患者のうち10名は精神病症状を有し,その10名のうち8名には気分に一致した妄想が認められ,他2名には気分に一致しない物盗られ妄想及び嫉妬妄想が認められた。また,患者群に年齢を適合させた健常群20名を募集した。

タウ及びAβ蓄積評価のため,[11C]PBB3及び[11C]PiBを用いたPET検査をそれぞれ行った。小脳に対する[11C]PBB3及び[11C]PiBのStandardized uptake value ratio(SUVR)をそれぞれ求めた。そして,それぞれの全脳皮質の平均SUVRをうつ病群と健常群で比較した。次いで,前頭前野,側頭皮質,頭頂皮質,後頭皮質におけるSUVRもうつ病群と健常群で比較した。

結果

タウの蓄積について,全脳皮質平均SUVRはうつ病群の方が有意に高かった(p=0.02)。前帯状回では特にその傾向が強かった(p=0.04)。全脳皮質平均SUVRと抑うつ症状,うつ病エピソード数,罹病期間との相関関係は見られなかった。また,精神病症状を有するうつ病患者の全脳皮質平均SUVRは,精神病症状のない患者より有意に高かった(p=0.03)。特に前頭前野(p=0.02),前帯状回(p=0.02),側頭(p=0.03)皮質でその傾向が見られた。

Aβの蓄積については,うつ病群と健常群で有意な差は見られなかった。

考察

本研究の結果から,老年期うつ病においてタウ蓄積が重要な役割を果たしている可能性が示唆された。特に精神病症状を伴ううつ病においてタウ蓄積が関わっている可能性がある。ただしタウ蓄積と臨床症状について多変量解析を行うことはできておらず,まだ仮説的な検証であることには留意する必要がある。

今回の結果からは,認知機能正常の老年期うつ病患者において,Aβ蓄積よりもタウ蓄積の方がより気分症状に関連すると考えられた。これまでの研究では軽度認知障害や認知症患者においてはAβ蓄積がうつ症状と関連すると報告されており,それらの結果とは対照的であった。

本研究結果を検証すべく脳バンクデータを検討したところ,顕著なAβの蓄積がないものの,タウの蓄積が認められるケースが抑うつ症状を伴う症例で見られることが明らかになった。

本研究においては精神病症状を伴う患者の割合は50%と高く,タウ蓄積との関連が示唆された。これまでも,抑うつ症状と精神病症状の併発は前頭・側頭・辺縁系のタウ蓄積と関連すると報告されている。神経変性疾患とうつ病の精神病症状は臨床的には区別されるが,特定の精神病症状にタウ蓄積が関連している可能性があり,PETは個々人の精神病症状の病態についての検討を可能にする。

本研究においては[11C]PBB3のSUVRと抑うつ症状との間に相関関係は見られなかった。これは研究参加時には抗うつ薬治療などの効果で改善していたことが原因と考えられる。また抗うつ薬の一部はAβの代謝に関連し,更にその結果としてタウ蓄積にも関連する可能性がある。

結論

うつ病患者においてタウ病理が関連する可能性が示唆された。タウに対する治療開発が進んでおり,タウPETはタウが関連するうつ病患者の治療や神経変性疾患への進行を予測する生物学的マーカーになり得る。 

254号(No.2)2022年6月20日公開

(三村 悠)

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