産後精神病と双極性障害との関係:ポリジェニックリスクスコアを用いた英国の症例対照研究

LANCET PSYCHIATRY, 8, 1045-1052, 2021 Post-Partum Psychosis and its Association With Bipolar Disorder in the UK: A Case-Control Study Using Polygenic Risk Scores. Di Florio, A., Yang, J. M. K., Crawford, K., et al.

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背景

産後精神病は出産後2週間程度で急に生じる感情及び精神病症状であり,1,000人に1人の割合で発症する一方で,その半数は精神科既往歴がない。診断を誤ると自殺や嬰児殺に繋がりかねず,加療の困難さも相まって対応は混乱してきた。現在のDSMやICDにおける産後精神病の定義も,実用に供するにはその範囲が狭すぎると考えられている。産後精神病と双極性障害の近縁性が疫学的にも,臨床的にも示唆されているが,その詳細はよくわかっておらず,双極性障害の既往が産後精神病に与える影響もほとんど検討されてこなかった。

遺伝学の進展を活用し,ゲノムワイド関連解析(GWAS)から,精神障害が,小さな危険因子の多数の積み重ねによって生ずることが明らかにされてきた。本稿においては,産後精神病に関する初のポリジェニックリスクスコア(PRS)研究を報告する。産後精神病の疾病分類学的な理解や,その双極性障害との関連性についての知見を深めるためにPRS手法を用いた。初発の産後精神病は,遺伝学的な脆弱性を持つ女性に生じるものであるが,双極性障害の既往を持つ女性のそれとは異なるという仮説を立てた。

方法

初発産後精神病の既往を持つ女性,双極性障害の既往を持つ女性,一般人口からの女性(対照群)の3群の遺伝学的な易罹病性について比較した。双極性障害女性の情報は双極性障害研究ネットワークデータベースから取得した。産後精神病の定義は,精神病症状を伴うもしくは伴わない躁もしくは混合エピソード,もしくは精神病性の抑うつが産後6週以内に生じた場合とした。精神病症状の定義は,精神病の陽性,陰性もしくは解体症状とした。精神病を伴わない重度の抑うつや産後精神病を伴わないⅡ型双極性障害の女性は除外した。対照群の女性は英国国立血液サービスと1958年生まれのコホートから募集した(精神障害に関するスクリーニングは実施していない)。

遺伝子型の判定はAffymetrix GeneChip 500Kマッピングアレイセット,Illumina OmniExpressアレイ,Illumina PsychChipを用いて実施した。PRSは統合失調症,双極性障害,うつ病のGWAS結果からPLINKソフトウェアを用いて生成した。

各々のPRSが診断にもたらす影響のモデリングには,多項ロジスティック回帰を用いた。リスク比(RR)は,初発の産後精神病もしくは双極性障害のカテゴリーにいる確率を対照群カテゴリーにいる確率で除したものと定義した。

結果

初発産後精神病が203名,双極性障害が1,225名,対照群が2,809名であった。

初発産後精神病の女性は双極性障害の女性と比べて気分に一致しない精神病症状を呈しやすかった(p=0.0007)一方で,躁状態や抑うつ状態は少なかった(共にp<0.0001)。双極性障害と統合失調症のPRSは,対照群に比べて初発産後精神病[調整RR(95%信頼区間)は双極性障害で1.71(1.56-1.86),統合失調症で1.82(1.66-1.97);共にp<0.0001]と双極性障害[双極性障害で1.77(1.69-1.84),統合失調症で2.00(1.92-2.08);共にp<0.0001]において高かった。しかし,うつ病への遺伝学的な脆弱性は初発産後精神病と双極性障害の間で異なっており(図),前者の方が再発が少なかった。

結論

本研究は,産後精神病の定義や分類に関する初の遺伝学的なエビデンスを提供した。初発産後精神病は既存の双極性障害において生じる産後精神病とは区別されるべきであり,更なる検討や個別化アプローチへの発展が望まれる。

図.初発産後精神病、双極性障害、対象群におけるポリジェニックリスクスコア(PRS)の分布

254号(No.2)2022年6月20日公開

(滝上 紘之)

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