前頭前皮質と強迫症

NEUROPSYCHOPHARMACOLOGY, 47, 211-224, 2022 The Prefrontal Cortex and OCD. Ahmari, S. E., Rauch, S. L.

強迫症(OCD)は,罹患率の高い精神疾患で,発症率は世界中で1.5~3%であり,生活の質に大きな影響を与え障害を引き起こすおそれがあるにもかかわらず,有効な治療法はまだ限られている。OCDの唯一の薬理学的単剤療法であるセロトニン再取り込み阻害薬で寛解が得られるのは,わずか10~15%に過ぎない。また,曝露反応妨害法(ERP)は大きな有効性を示すが,経験豊富な治療者を見つけることができたとしても,患者にとっては治療完遂が難しい場合がある。より良い治療法を開発するためには,OCDの神経基盤をより深く理解する必要がある。これまでに蓄積されたエビデンスは,OCDの病態生理と治療の両方において,特定の前頭前皮質(PFC)のネットワークが重要な役割を果たしていることを裏付けている。

過去30年にわたり,ヒトの神経画像研究から得られた知見は,OCD患者における皮質‐基底核‐視床ループの構造と機能の異常に焦点を当てている。PFCのネットワーク,特に眼窩前頭皮質(OFC)における知見は,研究間で収束してきている。また,前帯状皮質(ACC)がOCDの症状の発生に関与していることを示すエビデンスも出てきている。

では,PFCの機能の障害が,どのようにしてOCDの症状に繋がるのだろうか。現在の理論では,認知的柔軟性,脅威処理/危害回避,習慣形成/目標指向型計画,エラー監視,反応抑制などの領域の異常がOCDの主要な要因と考えられている。たとえば,OCDは古典的に,認知的柔軟性の障害と関連していると考えられているが,比較的最近のメタ解析では,認知的柔軟性を検証するためにデザインされた多くの神経認知タスクにおいて,行動パフォーマンスの低下及び/または神経活動パターンの変化が一般的に見られ,エフェクトサイズは中程度であった。また,OCDでは脅威処理のシステムや嫌悪学習プロセスの異常が報告されており,OCD患者のサブセットでは腹内側前頭前皮質(VMPFC)のリクルート障害が認められた。習慣形成/目標指向型計画,エラー監視,反応抑制に関しても,同様にPFC領域の機能異常がOCDの発症に重要な役割を果たしているという考えが支持された。

ここで,神経画像研究から得られた知見に基づいた理論を構築するために,PFCのネットワークの活動の異常を通じてOCD症状を引き起こす可能性を説明する四つの仮説を立てた。仮説①:PFC領域の過活動がOCD症状を引き起こす。仮説②:PFC領域の活動低下がOCD症状を引き起こす。仮説③:PFC領域の過活動または活動低下のいずれかが,同様の機能障害を引き起こす可能性がある。仮説④:PFCの活動の変化は,他の主要な病的要因から生じる副次的現象である。病理の局所化,異常活動の方向性(亢進と低下),病理的な活動パターンの細胞タイプの起源によって必要となる治療が異なる可能性があるため,これらの仮説を区別するアプローチを開発することは重要である。

曝露療法,薬物療法,脳深部刺激療法などの効果的な介入は,OFC,ACC,PFCの過活動を最終的に正常化するという特徴を共有しており,PFC回路への介入は効果的なOCD治療となり得ることを示唆している。また,亢進しているPFC領域とその下流にある基底核との間の結合を破壊することで,異常な神経信号の伝達が減少するという理論に基づいて,いくつかの異なるタイプの切除が難治性OCDの治療に用いられている。更に,OCD治療のための連続シータバースト刺激を用いたOFCへの深部経頭蓋磁気刺激法が有効性を示す可能性も強調されている。

このように,ヒトを対象とした豊富な行動研究・神経画像研究・治療研究により,OCDの病態と治療におけるPFCの重要性が強調されている。ほとんどのエビデンスがOFCとACCの重要な役割を指摘しており,更に最近のメタ解析及びメガ解析では,前補足運動野と補足運動野の新たな役割が強調されている。

254号(No.2)2022年6月20日公開

(大谷 洋平)

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