大うつ病または双極性障害の退役軍人における自殺関連行動予防におけるリチウム治療:無作為化臨床試験

JAMA PSYCHIATRY, 79, 24-32, 2022 Lithium Treatment in the Prevention of Repeat Suicide-Related Outcomes in Veterans With Major Depression or Bipolar Disorder: A Randomized Clinical Trial. Katz, I. R., Rogers, M. P., Lew, R., et al.

背景

自殺は,臨床・公衆衛生上深刻な問題であり,死亡の主要原因となっている。また,退役軍人は他の米国人に比して1.5倍自殺率が高いことが知られる。観察研究や無作為化臨床試験のメタ解析などの先行研究から,リチウムが双極性障害やうつ病患者の自殺予防に役立つ可能性が示唆されている。そこで,通常治療にリチウムを付加する補強療法により,自殺関連事象(繰り返す自殺企図,自殺を防ぐ目的での入院,自殺による死亡)が減少するかどうかを,自殺企図歴のあるうつ病もしくは双極性障害患者を対象に検討した。

方法

過去数年以内に自殺関連事象後に生存した大うつ病または双極性障害の退役軍人において,通常治療にリチウムもしくはプラセボを付加する二重盲検プラセボ対照試験を施行した。退役軍人省医療センター29ヶ所において,半年以内の自殺関連行動または自殺予防目的による入院の既往がある患者を,2015年7月1日~2019年3月31日の期間にスクリーニングした。除外基準は,統合失調症,6回以上の自殺企図歴,半年以内のリチウム使用歴,リチウムの有害事象歴などとした。

通常治療にリチウム(初期用量600mg/日)もしくはプラセボを付加する群に無作為化した。リチウム群では0.6~0.8mEq/Lを目指し,忍容性に応じて300mg/日以上を可とした。

主要転帰項目は,新たな自殺関連事象が生じるまでの期間とした。

結果

最近の自殺関連行動もしくは入院歴のある退役軍人21,887名から779名が適格となり,このうち無作為化された対象は519名[平均(標準偏差:SD)年齢42.8(12.4)歳,437名(84.2%)が男性]で,診断は大うつ病84.6%,双極性障害15.4%,平均治療期間は大うつ病6.7(4.5)ヶ月,双極性障害5.6(4.6)ヶ月で,基準時点での精神症状に治療群間で差は認められなかった。

リチウム群に255名,プラセボ群に264名が無作為に割り付けられた。3ヶ月後の平均リチウム濃度(SD)は,双極性障害患者で0.54(0.25)mEq/L,大うつ病患者で0.46(0.30)mEq/Lであった。

合計127名(リチウム群65名,プラセボ群62名,全体の24.5%)に自殺関連転帰が認められ,リチウム群とプラセボ群間で自殺関連事象の全体的な差は認められなかった[ハザード比(HR)=1.10,95%信頼区間(CI):0.77-1.55]。また,予期せぬ安全性の懸念は認められなかった。

研究期間中に治療中断した場合に,両群共に自殺関連事象が増加し(HR=2.86,95%CI:1.48-5.53),群間差は認められなかった(HR=1.11,95%CI:0.78-1.57)。4名(リチウム群1名,プラセボ群3名)が死亡転帰をとり,うち3名は研究開始1ヶ月以内に生じていた。

考察

本研究は,自殺関連事象を主要転帰とした最大の無作為化対照試験であるが,多くの対象者がアルコール使用障害(全体の48.4%),他の物質使用障害(36.4%),心的外傷後ストレス障害(59.7%)といった併存症を有していた。一方で,大うつ病,双極性障害や併存症によって転帰が異なるかどうか,また併存症によってリチウムの効果が減弱するのかどうかを検討するには対象者数が不十分であった。

結論

大規模な無作為化臨床試験を施行した結果,自殺関連事象を経験した大うつ病または双極性障害の退役軍人において,通常治療にリチウムを付加しただけでは自殺関連事象の発生率は低下しなかった。気分障害や併存精神疾患の治療を受けている患者では,既存の薬物療法にリチウムを付加するだけでは,広範な自殺関連事象の予防に有効であるとは考えにくいことが示唆された。

254号(No.2)2022年6月20日公開

(尾鷲 登志美)

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