物質誘発性精神病と認知機能:系統的レビュー

PSYCHIATRY RES, 308, 114361, 2022 Substance-Induced Psychosis and Cognitive Functioning: A Systematic Review. Gicas, K. M., Parmar, P. K., Fabiano, G. F., et al.

背景と目的

物質誘発性精神病(SIP)は,DSM-5では物質の摂取中または摂取直後に妄想または幻覚が出現し,1ヶ月以内の間持続するものと定義されている。SIPにおける認知機能の特徴や統合失調症スペクトラム障害との比較についてはほとんど知られていない。縦断的追跡研究では,SIPの約11.3〜46%が最終的に統合失調症の診断基準を満たすと報告されている。SIPは精神病性障害の明確な一型であることが示唆される一方で,その研究は少なく,認知機能の表現型の特徴ははっきりしない。著者らは,SIPの認知機能の特性を明らかにすることを目的に系統的レビューを行った。

方法

2020年12月までのEMBASE,MEDLINE,PsycINFOにおける,SIPと診断された対象を組み入れた論文を検索した。基準を満たす文献について,神経心理学的尺度により評価された認知機能の転帰を調査した。

結果

検索により抽出された1,865報の研究から,除外対象とした研究を差し引いた68報について全文のレビューを行った結果,19報の研究が適格と見なされた。19報の合計の対象者は2,895名(うちSIPは1,185名)であった。

19報のうち半数以上(10報)がメタンフェタミン誘発性精神病に関する報告(対象者2,275名)で,3報は他の刺激物質(コカイン67名,アンフェタミン60名,混合96名),3報はアルコール誘発性精神病(172名),2報(1報はアルコールと重複)は大麻誘発性精神病(155名),2報は物質の分類のないSIP(174名)であった。対象の大部分は若年(平均範囲20.5〜40.4歳)男性である。

メタンフェタミン誘発性精神病患者では,精神病ではないメタンフェタミン使用者と比較し認知機能低下を示す者が多く(前者36.2%,後者26.7%),55.9%が正常範囲より1標準偏差以上の知能指数(IQ)低下(IQ 85未満)を示した。認知機能の領域については,メタンフェタミン誘発性精神病患者では健常対照者と比較し,視覚的注意,遂行機能,精神的柔軟性,抑制制御,情動認識を含む社会的認知,心の理論,視覚学習・記憶に関して低下が認められた。一方,統合失調症患者と比較すると,メタンフェタミン誘発性精神病患者は現在及び発症前の知的機能,注意集中,処理速度,言語学習,記憶,遂行機能,運動機能には差が認められなかった。

コカイン誘発性精神病患者では,精神病でないコカイン依存症患者と比較し,発症前の認知機能,言語記憶,抑制,持続的注意,精神的柔軟性,意思決定には差が認められなかった。

アルコール誘発性精神病患者では,精神病ではないアルコール依存症患者に比し認知機能全体の低下が認められたが,その程度は統合失調症と同水準であることが示された。またアルコール誘発性精神病では言語学習,抽象的思考の障害が報告されている。

大麻誘発性精神病では,遂行機能に関する検査では統合失調症と差がないとする報告がある一方,精神的柔軟性,抑制制御に関する検査では能力が低いことが知られている。

結論

SIPでは,対照や非精神病の物質依存症患者と比較して全体及び特定の領域における認知機能の低下が認められ,重症度は統合失調症と同程度であった。相互に比較できる文献が少ないため,認知機能の特性を明らかにすることは困難であった。視覚性の認知機能の変化はSIPの特徴であることが示唆されたが,更なる研究が求められる。SIPと統合失調症との鑑別に役立ち,個別の臨床的必要性を見極めるにはより厳密な比較試験が必要である。

255号(No.3)2022年8月8日公開

(久江 洋企)

このウィンドウを閉じる際には、ブラウザの「閉じる」ボタンを押してください。