妊娠中のコレステロール値の変化と産後抑うつ症状のリスク:The Japan Environment and Children's Study(JECS)

ACTA PSYCHIATR SCAND, 145, 268-277, 2022 Change in Cholesterol Level during Pregnancy and Risk of Postpartum Depressive Symptoms: The Japan Environment and Children's Study (JECS). Mutsuda, N., Hamazaki, K., Matsumura, K., et al.

はじめに

産後うつ病は,産後の女性の10%強に出現する比較的頻度の高い疾患である。産後うつ病の危険因子として,うつ病の既往,出生前の不安,自尊心の程度,生活上のストレス,社会的なサポート,婚姻状態や婚姻関係,子どもの気性,社会経済的状況,計画していなかった/望まれていなかった妊娠といった社会的な因子に加えて,マタニティーブルー,ホルモン,炎症性マーカー,ミネラル,ビタミン,脂質といった生物学的な因子も調べられてきている。

脂質に関しては,過去の研究からは,うつ病と総コレステロール値との逆相関,HDL-Cとの正の相関が報告されている。ところで,脂質レベルは性ホルモンの影響などから妊娠の進行と共に増加し,出産後には妊娠前のレベルに戻ることが知られている。産後うつ病に関しては,妊娠中の総コレステロール値との関係は一貫した結果が示されていない。

今回著者らは,過去の研究で調べられていた一時点での総コレステロール値と産後抑うつ症状との関連ではなく,妊娠中の総コレステロール値の変化と産後抑うつ症状との関係を調べた。

方法

子どもの健康と発達への環境因子の影響を調べるJapan Environment and Children’s Study(JECS)のデータを使用し,データの組み合わせに応じて61,585~72,406名のデータを分析した。

血清総コレステロールの測定は3時点,すなわち,妊娠初期(12~16週),中期・後期(22~28週),出産直後に行われていた。産後抑うつ症状はエジンバラ産後うつ病質問票(Edinburgh Postpartum Depression Scale:EPDS)を用いて,産後1ヶ月と6ヶ月の時点に測定されており,本研究では産後抑うつ症状をEPDS 9点以上の例と定義した。

統計手法としては,上記3時点での血中脂質に加えて,妊娠中期・後期から妊娠初期の差分,出産直後から妊娠中期・後期の差分,出産直後から妊娠初期の差分といった全6要素を用いて,産後1ヶ月と6ヶ月時点の産後抑うつ症状のリスクを推定した。これらの6要素は,5分位階層(総コレステロール値及び差分の高低を五つの階層に分類)に層別化した。過去の研究や理論上での関連因子[出産時の年齢,妊娠前の体格指数(BMI),出産歴,収入,教育歴,婚姻状態,喫煙や飲酒状況,身体活動,就労状況,うつ病や不安症の既往,子どもの先天的異常]も予測因子に含めて多変量ロジスティック回帰分析を行った。

結果

対象の13.7%が産後1ヶ月時点,11.1%が産後6ヶ月時点で産後抑うつ症状を呈していた。

一時点での総コレステロールの値は産後抑うつ症状とは関連がなかった(妊娠中期・後期の総コレステロール値の下から2番目の5分位階層が産後6ヶ月時点での抑うつ症状を予測したことを除く)。総コレステロールの差分に関しては,出産直後から妊娠中期・後期の差分と,出産直後から妊娠初期の差分の大きさは,産後1ヶ月時点の抑うつ症状のリスクを低下させた。妊娠中期・後期から妊娠初期の差分と,出産直後から妊娠初期の差分の大きさは,産後6ヶ月時点の抑うつ症状のリスクを低下させた。これらのオッズ比はおおむね0.9程度であり,関連性は有意であるものの軽度であった。

考察

これらの結果は,妊娠中の総コレステロール値の上昇が産後抑うつ症状の軽減に繋がることを示している。うつ病と総コレステロール値との逆相関の機序として,過去の研究ではセロトニン系や炎症性変化が挙げられている。著者らの研究は観察研究であるため,因果関係を明らかにすることはできなかった。これらの問題点はあるものの,本研究は,妊娠中から総コレステロール値を測定することによって,産後抑うつ症状を予測できる可能性を示唆している。

255号(No.3)2022年8月8日公開

(船山 道隆)

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