幼少期における母親のうつ病がデフォルトモードネットワーク結合性に与える影響

BR J PSYCHIATRY, 220, 130-139, 2022 Investigating Default Mode Network Connectivity Disruption in Children of Mothers With Depression. Zeev-Wolf, M., Dor-Ziderman, Y., Pratt, M., et al.

背景

幼少期における母親の抑うつ症状は,その後の子どものストレス管理能力や社会情緒的な活動に対して長期的に負の影響を与えることが知られている。しかし,幼少期における母親のうつ病が,子どものその後の脳の発達に具体的にどのような影響を与えるかは明らかになっていない。そこで本研究では,母親のうつ病が与える影響の中でも,デフォルトモードネットワーク(DMN)結合性への影響を明らかにすることに焦点を当てた。

DMNは,自分自身という感覚,自叙的記憶,内的な注意喚起,静止状態を持続するための中核的なネットワークと考えられている。またDMN内の構造間の結合性は適応的な生理的・認知的・社会情緒的処理に関連するとされている。そのため,DMN結合性の異常は精神症状との関連も強いことが知られている。このような背景から,回避的な特徴を持つ疾患,具体的には心的外傷後ストレス障害(PTSD),不安症,依存症においてDMN結合性は有意な低下を示す。一方でうつ病において,DMN結合性は過剰に増加していることが指摘されている。しかし,幼少期のDMN結合性に関するエビデンスは少なく,特に母親のうつ病に曝露された際のDMN結合性の異常については明らかにされていない。

従来の幼少期の逆境に関する研究は,どのタイミングでどのような外的刺激を受けることが脳に必要かという観点が欠落していた。非常に早期には母親からの適切な世話が重要になる。しかし後期(思春期前)になると身体的なケア以上に,母親との精神的な関係が重要になる。母親のうつ病では母親‐子どもの相互関係が減少するため,共感などの社会機能の低下に繋がる。これらがDMN結合性に与える影響は,子どもが家族のもとを離れてより大きな社会に移る際に特に大きくなると考えられる。

本研究では,10歳になるまでの期間における母親のうつ病への曝露と,思春期直前におけるDMN結合性の異常との関係に対するタイミング効果の検証を行うため,母親のうつ病情報を含む,出生に関するコホートデータを用いて検証を行った。このコホートでは,早期に母親のうつ病に曝露されたが後期には曝露されていない群を,後期にも曝露されていた群,一度も曝露されていない群から分けて検証を行うことが可能である。本研究での仮説の一つ目は,どの時期に母親のうつ病に曝露してもDMNの障害は認められるが,早期の曝露ではPTSDなどと同様にDMN結合性の低下が,後期の曝露ではうつ病と同様にDMN結合性の増加が認められるというもので,仮説の二つ目は,母親機能の低下やうつ病に関連する社会機能の低下がDMN機能の低下と関連しているというものである。

方法

上述のコホートを用いて11年間の追跡研究を行った。生まれてから9ヶ月後,6年後,10年後に訪問し,うつ病及び抑うつ症状の評価を行った。また11年目に脳磁図の撮像を行った。またそれらの結果から被験者を,早期曝露群,後期曝露群,健常群の3群に分類した。DMN結合性の指標としては脳磁図で得られたデータをDMNから抽出し,θ帯域における位相同期度(phase-lock value:PLV)を算出した。

結果

本研究に組み入れられた1,983名のうち,脳磁図の撮像まで行うことができたのは90名であった。早期曝露群では健常群と比較して,DMNにおけるPLVの有意な低下が,後期曝露群ではPLVの有意な増加が確認された。健常群と比べて,後期曝露群で結合性が高かったDMNのθ帯域は4ヶ所(図bとd),早期曝露群で結合性が低かったDMNのθ帯域は3ヶ所(図aとc)であった。DMNにおけるPLVの異常は,早期の侵入的な母性,後期の母子相互作用と共感性の低下によって予測された。

考察

本研究から,自己関連プロセスを支える中核的なネットワークであるDMNに対して母親のうつ病が与える影響は,早期と後期で異なることが明らかになった。これらの結果から,幼少期における外的環境が発達中の脳に与える影響に関する研究では,それが発達段階のいつ生じたのかを考慮する必要があることが強く示唆された。

図.健常対照(45名)と比較した、母親のうつ病に早期に曝露された子ども(13名、aとc)と後期に曝露された子ども(16名、bとd)におけるデフォルトモードネットワーク(DMN)の位相同期度(PLV)統合性の差

255号(No.3)2022年8月8日公開

(和田 真孝)

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