多疾患併存になった年齢と認知症罹患率の関連:Whitehall-Ⅱ前方視的コホート研究における30年間の追跡調査

BMJ, 376, e068005, 2022 Association Between Age at Onset of Multimorbidity and Incidence of Dementia: 30 year Follow-up in Whitehall II Prospective Cohort Study. Hassen, C. B., Fayosse, A., Landré, B., et al.

背景

平均余命の延長に伴い,認知症の有病率上昇が懸念されている。認知症の原因として最も多いアルツハイマー病は,非常に複雑で全身性の疾患である。アルツハイマー病や他の認知症の病理変化が研究される過程で,慢性疾患を含む危険因子がどのように認知症発症リスクと関わるかについて注目が集まっている。

多疾患併存とは二つもしくはそれ以上の慢性疾患を有する状態をさす。今や高齢者の2人に1人が多疾患併存である。この多疾患併存は認知症発症リスクと関連すると考えられているが,長期間の追跡研究はない。

目的

中年層から高齢にかけての多疾患併存,併存疾患の重症度と認知症の罹患率との関連を検討する。

方法

1985~1988年に35~55歳の英国の公務員10,308人(男性6,895人,女性3,413人)が参加したWhitehall IIコホートが作成され,4~5年ごとに追跡調査で臨床検査が行われている。10人を除く99.9%の参加者のデータがUK National Health Service(NHS)の電子記録上に保存されており,本研究ではそれを利用した。

多疾患併存は認知症を除く13の慢性疾患のうち少なくとも二つを有する状態と定義した。重症度は,慢性疾患の数が0または1,2,3以上に分類した。13の慢性疾患は,冠動脈疾患,脳卒中,心不全,糖尿病,高血圧,がん,慢性腎臓病,慢性閉塞性肺疾患,肝疾患,うつ病,うつ病以外の精神障害,パーキンソン病,関節リウマチとした。

主要評価項目は上記の電子記録で確認された認知症発症とした。副次評価項目としては原因によらない死亡とした。

共変数は年齢,性別,人種,教育,婚姻を含めた社会人口統計学的状況とした。また,運動,アルコール消費量,喫煙,果物や野菜の消費量を含む健康状況も組み入れた。

解析では,Cox比例ハザード回帰モデルを用いて,それぞれの慢性疾患及び多疾患併存と認知症発症との関連について検討した。次いで,それぞれの参加者について55/ 60/ 65/ 70歳時の慢性疾患の状態と共変数について抽出し,それぞれの年齢での認知症罹患率との関連について検討した。その後同様に,55/ 60/ 65/ 70歳時の多疾患併存とそれぞれの年齢での認知症罹患率との関連を検討した。更に,併存疾患の重症度を再度分類し,それと認知症罹患率との関連について検討した。副次解析においては,死亡との関連を調べた。

結果

10,095人が解析対象となった。追跡期間の中央値は31.7年で,639名が認知症を発症した。認知症発症患者で最も多く併発していた慢性疾患は高血圧で,冠動脈疾患,うつ病,そして糖尿病がそれに続いた。

慢性疾患ごとの解析では,がんは認知症発症との関連は見られなかった。精神障害に罹患している場合の認知症のハザード比(HR)が最も高かったのは60歳時点で,その後は加齢と共に低下した。うつ病は年齢が上がるほど認知症発症のHRが上昇した。

併存疾患がない人に比べ,多疾患併存者は55歳時点で認知症有病率の差が1,000人‐年当たり1.56と高く,全ての共変数で調整した後もHRが2.44と高値であった。また,多疾患併存を発症するのが若いほど認知症のリスクが上がった(全てp<0.001)。

併存疾患を重症度によって再分類した後も,55歳時点で三つ以上の慢性疾患を持っている人の認知症発症HRは,併存疾患がない人に対して4.96と高値であり,その関連は多疾患併存になったのが遅くなるほど弱くなった(図)。

認知症発症と最も強く関連した併存疾患の組み合わせは,パーキンソン病とうつ病,がん,冠動脈疾患,精神障害,糖尿病,高血圧の組み合わせであった。他ではうつ病と脳卒中の組み合わせ,精神障害と慢性腎臓病,心不全,脳卒中の組み合わせも認知症発症と関連した。心不全と脳卒中の組み合わせもまた認知症発症と強く関連した。

全ての慢性疾患は死亡と関連し,特にがんでその傾向が強かった。55/ 60/ 65/ 70歳時の多疾患併存は死亡と関連し,多疾患併存の発症年齢が若ければ若いほど死亡のHRが高かった。多疾患併存の重症度の解析においては,がんを除いた場合,二つ以上の慢性疾患を有する場合,併存疾患がないもしくは一つの人よりも高い死亡リスクと関連した。

考察

多疾患併存は高い認知症発症リスクと関連することがわかった。特に55歳時の多疾患併存は認知症発症リスクと最も強く関わり,多疾患併存の発症年齢が上がるにつれてその関連は弱まった。併存疾患がない,もしくは一つの人に比べて,55歳時に三つ以上の慢性疾患を有する場合はおよそ5倍認知症になりやすく,70歳時に多疾患併存となった人においてもそのリスクは1.7倍ほどであった。

本研究ではこれまでの研究と異なり,55~70歳の年齢での多疾患併存とその後の認知症発症を検討して,多疾患併存の発症年齢及び重症度が認知症リスク上昇において重要であることを示した。

併存疾患の重症度の検討から,特異的な疾患の組み合わせよりも様々な疾患の累積効果が認知症と関連することが示唆された。実際に,炎症プロセスは慢性疾患及び認知症と関わり,慢性疾患に処方される薬剤の相互作用と蓄積は認知機能の老化や認知症の発症に影響を及ぼす。

本研究の強みは,31.7年にわたり縦断的に追跡ができたことである。一方で,本研究の限界は,認知症の診断が電子記録ベースであること,参加者が一般集団より健康である可能性があること,慢性疾患の組み合わせごとの発症年齢については検討できていないことである。

結論

多疾患併存はすでに医療サービスや生活の質,死亡リスクに影響を与えることが知られているが,本研究から認知症発症と関わることもわかった。

図.併存する慢性疾患の数と認知症発症リスクの関連

255号(No.3)2022年8月8日公開

(三村 悠)

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