バルプロ酸誘発性振戦のリスクに関する研究:臨床的,神経画像,遺伝的な要因

PSYCHOPHARMACOLOGY, 239, 173-184, 2022 Investigation of the Risk of Valproic Acid-Induced Tremor: Clinical, Neuroimaging, and Genetic Factors. Lan, L., Zhao, X., Jian, S., et al.

背景

バルプロ酸は世界中で最も使用されている抗てんかん薬の一つであり,てんかんの様々なタイプの発作,片頭痛,双極性障害に適応がある。最も頻度の高い副作用として振戦があり,このために,忍容性が下がり,長期的な継続ができなくなり,生活の質(quality of life)が低下する。

バルプロ酸誘発性の振戦の機序はよくわかっていないが,臨床的に本態性振戦と共通点が多い。本態性振戦では,小脳の機能異常,及び,ロイシンリッチリピートと免疫グロブリンドメインを含むNogo-receptor-interacting protein 1(LINGO-1)のrs9652490での変異が報告されている。

本研究は,バルプロ酸を服薬しているてんかん患者を対象として,①バルプロ酸誘発性振戦の危険因子は何か[臨床所見,LINGO-1の変異,頭部核磁気共鳴画像(MRI)検査による小脳の構造変化の観点から],②LINGO-1遺伝子が頭部MRI検査での小脳の構造変化と関連があるかどうか,を明らかにすることを目的としている。

方法

18歳以上で,1ヶ月以上にわたってバルプロ酸を500mg/日以上服薬しているてんかん患者200名を対象とした。振戦の有無で2群に分け,LINGO-1のrs9652490での変異,頭部MRI検査での小脳の萎縮,小脳の構造に関するいくつかの指標を調べた。

これらのデータに種々の臨床情報を加えて,単変量解析でp値<0.1の変数について多重ロジスティック回帰分析を行った。p値<0.05を有意とした。

結果

200名中181名が最終解析に組み入れられた。94名が振戦あり,87名が振戦なしであった。平均年齢は33.28±11.78歳,男女比は2.77:1,平均罹病期間は11.41±9.29年,発症年齢は21.79±12.81歳であった。126名(69.6%)が部分発作であった。36名(19.9%)がバルプロ酸単剤療法,145名(80.1%)が多剤療法であり,バルプロ酸の1日平均投与量は889.78±223.59mg,平均投与期間は29.66±35.83ヶ月であった。

多重ロジスティック回帰分析では,女性[オッズ比(OR)=2.718,p=0.0014],パーキンソン病を除く振戦の家族歴(OR=7.595,p=0.003),24ヶ月超の治療歴(OR=3.294,p=0.002),1,000 mg/日超の服薬(OR=19.801,p=0.008)がバルプロ酸誘発性振戦の危険因子であった。

頭部MRIを撮像した86名については,小脳の萎縮及び小脳の構造に関するいくつかの指標は振戦あり群となし群の間で有意な差はなかった。

LINGO-1のrs9652490での変異を調べた176名については,この変異を持つ悪合は振戦あり群で38.5%(35/91),振戦なし群で32.9%(28/85)と,有意な差はなかった(p=0.443)。しかし,LINGO-1のrs9652490変異は小脳萎縮と有意に相関した(p=0.001)。

結論

女性,振戦の家族歴,1,000 mg/日超の服薬,24ヶ月超の治療歴がバルプロ酸誘発性振戦の危険因子であることが明らかにされた。LINGO-1のrs9652490変異はバルプロ酸誘発性振戦とは関連がなかったが,小脳の萎縮との関連が見られた。

255号(No.3)2022年8月8日公開

(黒瀬 心)

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