【from Japan】
肺塞栓及び急性心筋梗塞で入院した患者における精神障害の併存:日本の全国規模のデータベース研究

Journal of Clinical Psychiatry, 83, 21m13962, 2022. Comorbid Psychiatric Disorders in Patients Hospitalized for Pulmonary Embolism and Acute Myocardial Infarction: A Japanese Nationwide Database Study. Kie Takahashi, Hiroyuki Uchida, Takefumi Suzuki, Masaru Mimura, Takuto Ishida

高橋 希衣 先生

慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室

高橋 希衣先生 写真

背景

突然の心停止(SCA)は,精神障害患者において一般人口よりも高頻度に発生することが知られている。一般人口のSCAの半数以上は急性心筋梗塞(AMI)を含む虚血性心疾患によるものである一方,精神障害患者では肺塞栓(PE)がSCAの比較的一般的な原因であることが,これまでの単施設研究で示唆された。

本研究では日本の全国データベースを用いて,AMIまたはPEで入院した患者のうち精神障害を合併している患者の割合を調べ,これまでの単施設研究の知見の一般化可能性を検討することを目的とした。

方法

本研究では,厚生労働省から提供された2013年4月~2018年3月のDiagnosis Procedure Combination(DPC)データを使用した。DPCデータには日本の全ての急性期病院の入院患者における入院原因及び精神疾患の併存の情報が含まれている。今回,AMIとPEにより入院した患者数,平均年齢,統合失調症または気分障害(うつ病もしくは双極性障害)の診断を受けた患者数,院内死亡率のデータが提供された。

全ての比較にカイ二乗検定を用いて両側検定とし,p値<0.05を統計的に有意とした。AMIとPEで入院した患者のうち,統合失調症併存,気分障害併存,精神障害併存なしの患者の割合を比較し,院内死亡率はAMI群とPE群それぞれにおいて,統合失調症患者と精神障害のない患者,気分障害患者と精神障害のない患者で比較した。

結果

AMI患者は351,159名(平均年齢70.3歳),PE患者は52,036名(平均年齢69.2歳)であった。統合失調症と気分障害の患者の割合はPE群でAMI群より有意に高かった(統合失調症:2.53% vs 0.55%,p<0.001;気分障害:2.94% vs 0.60%,p<0.001)。AMI群の院内死亡率は,統合失調症患者と精神障害のない患者で有意差はなかったが(12.9% vs 14.4%),気分障害患者の院内死亡率は精神障害のない患者より有意に低く(8.0% vs 14.4%,p<0.001),またPE群の院内死亡率は,統合失調症患者(5.8%)と気分障害患者(4.3%)では精神障害のない患者(9.8%)に比べて有意に低かった(いずれもp<0.001)。

考察

統合失調症及び気分障害患者におけるPEの発生率はAMIの約70%(1,314/1,922件及び1,532/2,099件)である一方,精神障害のない患者ではPEの発生率はAMIの14.2%(49,305/347,228件)と低いことがわかった。抗精神病薬と抗うつ薬の使用は静脈血栓塞栓症のリスクを上昇させるという報告があり,更に身体活動の低下や不十分な水分補給が深部静脈血栓症(DVT)発症リスクを高める可能性がある。また,AMI,PE共に気分障害患者,PEでは統合失調症患者の死亡率が,精神障害のない患者よりも有意に低かったが,気分障害患者は身体症状を心配して医療機関をより早く受診し治療介入に繋がった可能性,選択的セロトニン再取り込み阻害薬の抗血小板作用がAMI患者の死亡率低下に寄与した可能性などが考えられる。

本研究の限界として,要約データであり解析が限られた点,身体及び精神疾患の重症度や治療内容の情報がない点,日本の医療機関のデータであり一般化可能性に限界がある点などが挙げられる。

精神障害患者におけるSCAの主要な原因としてのPEの重要性と,DVTやPEなどの予防策の必要性が明らかとなった。今後更に精神障害患者のSCAリスクに対する予防措置の効果を評価する長期的な縦断研究が必要である。

255号(No.3)2022年8月8日公開

(高橋 希衣)

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