治療抵抗性統合失調症のドパミン異常及び興奮抑制バランスの不均衡とニューロモデュレーションによる新規治療法

MOL PSYCHIATRY, 27, 2950-2967, 2022 Dopaminergic Dysfunction and Excitatory/Inhibitory Imbalance in Treatment-Resistant Schizophrenia and Novel Neuromodulatory Treatment. Wada, M., Noda, Y., Iwata, Y., et al.

統合失調症とは

統合失調症は幻覚や妄想,意欲減退や感情の平板化,そして認知機能障害を有する慢性疾患(有病率は1%)である。統合失調症の病態基盤は線条体におけるドパミンの過剰放出であると考えられており,ドパミン仮説として知られている。そのため治療には約半世紀前に発見された,ドパミン受容体遮断薬である抗精神病薬が用いられてきた。しかしながら,約3割の患者に対して既存の抗精神病薬は無効であり,その病態は従来のドパミン仮説だけでは説明できない。そこで本論文ではドパミン仮説に代わる新たな仮説として,脳内の興奮・抑制の不均衡を基にしたグルタミン酸仮説の解明と,それに基づく新規治療についてまとめた。

グルタミン酸仮説

グルタミン酸仮説は,健常者にグルタミン酸受容体遮断薬を投与すると統合失調症様の症状を呈することから注目されるようになった。その後,動物モデルを用いた基礎研究から,前頭前野,海馬,腹側被蓋野をはじめとした皮質下での興奮性グルタミン酸神経系の異常と,抑制性GABA神経系の障害が線条体における機能異常をきたすことが明らかになった。グルタミン酸仮説の優れている点は,ドパミン仮説と比較して統合失調症の多様な症状を説明し得ること,統合失調症においてドパミンに依存しない病態が存在することを示唆していることである。

ニューロモデュレーションによる新規治療の開発

上述のように脳部位によってグルタミン酸やGABAといった神経伝達物質の異常の出現の仕方は異なるため,服薬治療のように脳の全体に寄与する治療法では治療抵抗例への治療は困難となる。そこで脳の局所に対して興奮抑制バランスを修飾することのできるニューロモデュレーションが注目されるようになった。

現在知られているニューロモデュレーションには,経頭蓋磁気刺激(TMS),経頭蓋直流電気刺激(tDCS),そして深部脳刺激(DBS)などがある。TMSは磁気刺激を用いることで非侵襲的に脳の局所を刺激することが可能な手段であり,その刺激周波数を調節することで刺激部位に対して促通性及び抑制性のどちらの影響も与えることが可能となる。また,対象とした脳深部との結合性の強い脳表の部位を機能的核磁気共鳴画像(fMRI)で明らかにすることで,脳表を介して脳深部に対して遠隔的な介入を行うことも可能となった。DBSは脳の深部に電極を挿入することで神経活動に直接的な影響を与えることを可能とした技術である。TMSと異なり脳深部の局所の刺激を可能とする一方で,侵襲性の高さが欠点となる。日本ではまだ統合失調症に対するDBSによる治療は行われていないが,国外の症例報告では,DBS電極の刺激に合わせて症状が出現・消失することも示されるようになり,治療抵抗性統合失調症に対する新たな治療法になる可能性が注目されている。

統合失調症治療の将来

これらの治療を実臨床の場に還元するための最大の障壁は,異質性の高さにある。これは統合失調症における興奮・抑制バランスの不均衡の詳細に個人差があることに由来しており,ニューロモデュレーションを用いた治療を行うにあたって“どの脳部位を対象に”,“どのような刺激をするか”という最も重要な因子に直結する。そのため,複数の検査を組み合わせることで,患者ごとに病態の中核となる部位を明らかにし,それに合わせたprecision medicine(個別化治療)を行うことこそが,今後の統合失調症の治療に求められると考えられる。

257号(No.5)2022年12月19日公開

(和田 真孝)

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