アジア人における軽度行動障害の有病率,臨床的相関,認知的経過,そして認知症リスク

J CLIN PSYCHIATRY, 83, 21m14105, 2022 Prevalence, Clinical Correlates, Cognitive Trajectories, and Dementia Risk Associated With Mild Behavioral Impairment in Asians. Kan, C. N., Cano, J., Zhao, X., et al.

背景

軽度行動障害(MBI)という診断の構築が,認知症予備軍を同定すべく提唱されてきた。MBIは認知症でない高齢者において,持続する行動,知覚,もしくはパーソナリティの変化が生じるもので,近年の系統的レビューにおいては非認知症高齢者の14.5〜32%に認められるとされた。MBIの患者は認知機能低下のスピードが速く,精神神経症状(NPS)を呈する患者よりも,認知症への移行率が高かった。しかしMBIに関する先行研究の大半は西洋人を対象としており,また追跡期間も概して短いものであった。

本研究では,シンガポールにおけるMBIの有病率を調査し,メモリークリニックに通院中の,認知機能障害スペクトラムを持つ非認知症高齢者におけるMBI症例について,臨床的特徴及び認知機能における特徴を検証した。更にMBIの存在が,認知機能の経過や臨床的な進行にどのような影響をもたらすのかについて,4年にわたって追跡し,一時的なNPSのみを呈した患者と比較し,検討した。MBIは一時的なNPSよりも,認知機能低下の速さや認知症発症リスクに影響するとの仮説設定を行った。

方法

シンガポールのメモリークリニックに通院中の,50歳以上で,認知機能障害なし(NCI)もしくは認知機能障害を有するが認知症ではない(CIND)者を前方視的コホートに組み入れた。精神障害や薬物依存,頭部外傷の既往による認知機能障害,多発性硬化症,腫瘍,てんかんやその他全身性の疾患,視聴覚障害,認知症の診断が下っていた者は除外した。2010年8月~2019年10月に342名が対象となったが,組み入れ時から4年間,年1回の臨床的評価,臨床的認知症評価法(Clinical Dementia Rating Sum-of-Boxes:CDR-SoB)を含む精神神経学的評価,理学的評価,検体検査を経て解析対象となったのは304名であった。認知機能の推移を解析するにあたり,全ての時点におけるデータが揃ったのは177名であった。

MBIの評価は,International Society to Advance Alzheimer’s Research and Treatment of the Alzheimer’s Association(ISTAART-AA)基準を用いて行った。MBIを意欲低下,感情制御障害,衝動制御障害,反社会性,知覚・思考の異常の5ドメインに区別した。MBIでない参加者は無症状,一時的NPS,偶発的NPSの3群に分けた。基準時点ではNCIが99名,軽度CINDが116名,中等度CINDが89名であった。

ミニメンタルステイト検査(Mini-Mental State Examination)をはじめとする各種認知機能検査や,生活習慣病の評価を毎年実施した。

MBI群と非MBI群の比較はカイ二乗検定を用いて行い,認知機能の推移については線形混合モデル解析を実施した。MBIが認知症発症に与える影響については,Kaplan-Meier生存解析で検証した。

結果

304名中,44名がMBIであり,残りの260名が非MBIであった。MBIの中で最多だったのは衝動制御障害(34.1%)であり,また記憶や遂行機能の障害が多く見られた。中等度CINDを合併するMBIの場合,NCIや軽度CINDであるMBIよりも認知機能低下(特に記憶,注意,言語について)が速かった。MBIにおいてはCDR-SoB評点上昇が非MBIよりも速く,4年経過時点での認知症発症リスクは非MBIの2.56倍に上った。

結論

本研究により,MBIについての全体論的な展望を提供することができた。MBIの評価が,今後の認知症予防戦略に用いられる可能性が期待される。

257号(No.5)2022年12月19日公開

(滝上 紘之)

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