ADHD児を対象としたアトモキセチンの治療反応性:CYP2C19遺伝子多型とBDNF血中濃度が与える影響

EUR J CLIN PHARMACOL, 78, 1095-1104, 2022 A View of Response and Resistance to Atomoxetine Treatment in Children with ADHD: Effects of <I>CYP2C19</I> Polymorphisms and BDNF Levels. Demirci, E., Sener, E. F., Gul, M. K., et al.

背景と目的

アトモキセチンは,前頭前皮質のシナプス間のノルアドレナリントランスポーター再取り込み阻害作用を介して,ドパミン及びノルアドレナリン濃度を高めることにより,注意欠如・多動症(ADHD)の衝動性や不注意を抑える働きがあると考えられている。薬物動態としては,チトクロームP450(CYPs)のうちCYP2C19とCYP2D6により代謝されるが,中でもCYP2C19には28以上の遺伝子多型が報告されており,特にCYP2C19*2~CYP2C19*8のアレルは酵素活性が低下または欠損している。

一方で,ADHDの患者では,神経細胞の成長に重要な脳由来神経栄養因子(BDNF)の異常があり,アトモキセチンによる治療後のBDNFの変化が調査されている。更に,CYP2C19の遺伝子多型があると,ストレス下でのBDNFのホメオスタシスが障害されるという報告もある。

本研究では,小児のADHDを対象に,初めにCYP2C19の多型とアトモキセチンの反応率や有害事象との関係を評価した。次に,BDNFの血中濃度とCYP2C19の多型との関係を調べ,BDNFの血中濃度が治療効果に与える影響を評価した。

方法

トルコのErciyes大学病院小児精神科で,7~13歳のADHDの小児と対照群の健常小児それぞれ100名を募集した。ADHDの診断はDSM-5に準拠し,ADHD以外の精神疾患を有する例は除外した。

治療反応性については,薬物治療開始2ヶ月後の時点で,Conner’s parent rating scale(CPRS)の評点が25%減少し,臨床全般印象度尺度(Clinical Global Impression Scale:CGI)の評点が2以下である場合に,反応性ありと定義した。有害事象は,Barkley’s Stimulant Side Effect Rating Scale(BSSERS)でスクリーニングした。

CYP2C19の遺伝子多型を調べるため,末梢血からDNA試料を取得し,PCRで複製したDNAの塩基配列を次世代シークエンサーにかけて解読した。最後に,ELISAキットを用いて血漿中のBDNFを定量した。

結果

100名のADHD児のうち,26%が女児で,74%が男児であり,72%が不注意多動型で,28%が不注意優勢型であった。血液検査値の異常や治療アドヒアランス不良などの理由による脱落を除いて,患者群100名のうち79名が解析対象となった。全体を通してCYP2C19*2*3*4の多型アレルが確認された。特に,プアーメタボライザーとなるCYP2C19*2のホモ結合の保因者は,ADHD群では4%,健常群では1%であり,ヘテロ結合の保因者もADHD群で17%確認された。

ADHD群のうち44.3%がアトモキセチンの反応性ありと判定された。特にc.681G>Aの遺伝子多型をヘテロまたはホモで有するCYP2C19*2の保因者では,治療反応性が有意に低下していた。また,CYP2C19*2の保因者は,全てが不注意多動型ADHDであった。嘔気,食欲減退,頭痛,腹痛,疲労といった有害事象が報告されたが,遺伝子多型の有無での有意な差はなかった。ロジスティック回帰分析の結果,遺伝子多型の有無は,ADHDの診断を予測しなかった(p=0.957)。

BDNFの血漿中の濃度は,ADHD群で健常群より有意に高かった(p<0.001)。更にADHD群内では,アトモキセチンの治療反応群に比べて,治療抵抗群の方がBDNFの濃度が高く(p=0.011),受信者動作特性(ROC)曲線分析の結果,BDNFの血清濃度は治療抵抗性の強力な予測因子とされた(p=0.018)。ただし,c.681G>A多型の保因者と非保因者の間で比較した場合,治療反応群でも抵抗群でもBDNFの血清濃度に有意な差はなかった。

考察

CYP2C19*2の遺伝子多型の保因者であることと,BDNFの血中濃度が高値であることは,ADHD児のアトモキセチンの治療抵抗性をそれぞれ独立に予測する因子かもしれない。

本研究の限界は,研究対象が限定されていること,ADHDの全ての亜型を考慮していないこと,BDNF受容体の遺伝子的な評価を行っていないことである。

257号(No.5)2022年12月19日公開

(荻野 宏行)

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