親密なパートナーからの暴力，自殺傾向，自傷行為：イングランドの一般人口を対象とした確率標本調査

LANCET PSYCHIATRY, 9, 574-583, 2022 Intimate Partner Violence, Suicidality, and Self-Harm: A Probability Sample Survey of the General Population in England. McManus, S., Walby, S., Barbosa, E. C., et al.

世界保健機関（WHO）によると，親密なパートナーからの暴力（intimate partner violence：IPV）は物理的な暴力，性的，情緒的あるいは心理的虐待，または親密な関係における支配的な行動，と定義される。IPVは男性よりも女性に多く見られ，後発する精神障害の危険因子として知られている。

本研究の目的は，まず女性，男性，また成人全体の中で，過去1年間及び生涯における親密なパートナーからの様々な種類の暴力や虐待（身体的，性的，経済的，精神的）の有病率を推定することである。次に，異なる種類のIPV同士，あるいはIPV経験のある人とない人の間で，過去1年間の非自殺的自傷，希死念慮，自殺企図の有病率を比較する。更に，IPVと過去1年間の自傷行為，希死念慮，自殺企図との関連が，社会経済的背景や他の複数の人生における逆境の経験などの幅広い潜在的交絡因子で調整した後も持続するかどうかを検証する。

イングランドの16歳以上の世帯人口を対象とした横断的確率標本調査である2014年成人精神疾患調査（Adult Psychiatric Morbidity Survey：APMS）を，層別多段ランダムサンプリングデザインを用いて，小口需要者向けの郵便番号住所録に基づき分析した。フィールドワークは，口頭での同意取得と共に，2014年5月～2015年9月に行われた。回答者数は7,546名で，回答率は57％であった。

主要転帰は，過去1年間の非自殺的自傷，希死念慮，自殺企図の有病率とした。

聞き取り調査の自記式のセクションで，現在または過去のパートナーからの身体的・性的・経済的・精神的虐待の経験を質問し，IPVを評価した。希死念慮を評価するために，対面のセクションにおいて「実際にはしないとしても，命を絶とうと思ったことはありますか？」と質問し，それが最後に起きたのはいつだったのかを質問した。自殺企図については，対面と自記式の両セクションにおいて「あなたは過量服薬やその他の方法で，命を絶とうとしたことがありますか？」という同じ質問を行った。非自殺的自傷に関しては，対面と自記式の両方において「自殺の意図はないが，何らかの方法で故意に自分を傷つけたことがありますか？」という同じ質問を行った。

APMSの7,546名のサンプルから，主に自記式のセクションを完了できなかった者が除外され，7,058名のデータが解析に含まれた。2014年には，イングランドの成人ではおよそ5人に1人が生涯においてパートナーからの暴力や虐待を経験していた［1,702/7,058（21.4％）］。全ての％表示は加重平均されたものである。

生涯におけるIPVの経験者は，男性［459/2,875（15.3％）］よりも女性［1,243/4,183（27.2％）］に多かった。女性のうち，19.6％が精神的，18.7％が身体的，8.5％が経済的虐待を経験していた。生涯IPVの経験がある人は，経験がない人に比べて，賃貸住宅に住んでいたり，最下層5分の1に含まれる貧しい地域に住む傾向にあった。

過去1年間に自殺企図があった人の中で，49.7％が生涯IPV（女性58.4％，男性39.6％），23.1％が過去1年間にIPV（女性34.8％，男性9.4％）を経験していた（表）。

人口統計学的因子，社会経済的背景，逆境の経験を調節後，生涯IPV経験のある人において，経験のない人に比べ，オッズ比はそれぞれ自殺企図で2.82，希死念慮で1.85，自傷行為で2.20であった。

自殺企図や自傷行為は，その後の自殺の重要なリスク指標であり，自殺予防に関連するものである。自傷行為をする人の中には，IPVが他の多くのリスクと共に作用する場合もあれば，より直接的な原因となる場合もある。

IPVの蔓延と期間を減らすために考案された介入は，自殺を減らす可能性もあり，国の自殺予防戦略，個人レベルの自殺リスク評価とリスク軽減計画の両方で取り上げられるべきである。

257号（No.5）2022年12月19日公開

（上野 文彦）

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