三次病院における自己免疫性脳炎の神経精神症状:ケースシリーズと現在の展望

J CLIN PSYCHIATRY, 83, 21nr13920, 2022 Neuropsychiatric Manifestations of Autoimmune Encephalitis in a Tertiary Hospital: A Case Series and Current Perspectives. Sinha, A., Smolik, T. J., Roy, K., et al.

背景

自己免疫性脳炎(autoimmune encephalitis:AE)とは,シナプス受容体,神経細胞の表面タンパクや細胞内構造に対する特異的な自己抗体に起因する脳炎であり,様々な神経精神症状を呈する。AEの患者は認知機能障害,行動異常や痙攣発作などを示すため多診療科が関わるが,早期発見が良好な予後に繋がる。

目的

AE患者の神経精神症状をレビューし,精神科医と神経内科医に対してよりAE患者の症候に注意を払ってもらうことを本稿の目的とした。

方法

2010年1月~2020年1月にAEと診断された成人症例のカルテのレビューを行った。脳炎の診断コードをあてられた症例について,個別にGrausらの診断基準に照らし合わせて診断を検証し,選出された7症例の入院経過・診断・治療に関して詳細に検討した。

症例

症例1は21歳女性で,精神症状が先行し,抗うつ薬や気分安定薬で加療されていたところ,抗N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体抗体が検出され免疫抑制療法によって良好な転機を得られた抗NMDA受容体脳炎の症例。

症例2は20歳の女性で,難治性のてんかんと精神症状に対して抗てんかん薬や抗うつ薬で加療されていたところ,やはり抗NMDA受容体抗体が検出され免疫抑制療法によって良好な転機を得られた抗NMDA受容体脳炎の症例。

症例3は37歳の女性で,抗NMDA受容体脳炎と同様の経過をたどり,緊張病症状・妄想が見られ免疫抑制療法に反応が認められたが,抗NMDA受容体抗体は陰性であった。

症例4は47歳の男性で,礼拝中に服を脱いで教会から屋外に飛び出すなどの症状が8ヶ月前にあり躁状態と考えられていたが,その後痙攣発作が頻回に見られ,免疫抑制療法で寛解を得たleucine-rich glioma-inactivated 1(LGI1)-電位依存性カリウムチャネル(VGKC)複合体抗体脳炎の症例。

症例5は72歳の女性で,発症の3年前から認知機能低下,1年前から失語・失行・健忘・焦燥・パラノイアがあり,確定診断には至らなかったものの血漿交換に反応が見られたVGKC複合体抗体脳炎疑いの症例。

症例6は67歳の女性で,急性経過の意識変容,滅裂言語が見られ,脳梗塞と考えられていたが,その後症状が遷延し最終的に免疫抑制療法に反応が見られたグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)抗体脳炎症例。

症例7は74歳の男性で,急性の精神症状で発症し,一度寛解したがその後スティフパーソン症候群の症状が見られ,免疫抑制療法に加え胸腺腫の摘出により劇的に改善したGAD抗体脳炎症例。

考察

今回のレビューで改めて,正確な用語を用いて症例の行動及び精神症状を詳述することの重要性が確認された。

・神経精神症状:本レビューにおいて最も多く見られたのは行動異常で,幻覚,記憶障害,錯乱,パラノイア,抑うつ,そして緊張病が続いた。神経症状と精神症状を完全に区別することは困難であった。精神状態の変容や,重症度及びパターンの変化が重要な特徴であることがわかったが,それらの精神状態については免疫抑制療法で常に改善するわけでない。症例1~4からわかるようにAEの症状は精神症状と間違えられやすく,症例5~7の検討から高齢者においては年齢関連の認知機能低下や脳梗塞と誤診されやすいことがわかった。患者の経過に注意を払い,診断基準について知識を持っておくことが肝要である。

・抗NMDA受容体抗体:NMDA受容体は前脳,海馬,辺縁系に集中している。NMDA受容体はGluN1サブユニット二つとGluN2もしくはGluN3サブユニット二つから成る。最近の研究において,血清や脳脊髄液中のIgG抗体はGluN1サブユニットに特異的に結合し,抗NMDA受容体脳炎を引き起こすことが示唆された。今回のレビューにおいて,症例3が抗体陰性だったことは特筆に値する。抗NMDA受容体脳炎は最もよく報告されている脳炎であり,AEのプロトタイプと言え,典型的な経過を学ぶことは重要と考えられることから,以下にその五つのステージを示す。①前駆期(インフルエンザ様症状が現れる),②精神病期(数日~数週の経過で幻覚,妄想,抑うつ,躁,アパシー,不安,変動する感覚症状,性的活動の亢進,失語,健忘,失行,睡眠覚醒サイクルの障害と重度の不眠が現れる。同時に,もしくは数週遅れて神経症状も現れる。特にてんかん発作は難治である),③無反応期(無動,活動性の低下,緊張病によって特徴付けられる),④過活動期(自律神経が不安定になり,著明な運動障害が現れる。血圧変動,不整脈,体温変動とそして中枢性低換気が現れ,集中治療を要することがある。古典的な運動障害としては口唇ジスキネジア,舌鳴らし,舌の突出,下顎の自動運動,ジスキネジア,ジストニア,舞踏運動,律動不全,眼瞼痙攣,眼球上転,片側のバリズムを伴う),⑤回復期(免疫抑制療法や支持療法により改善する。早期治療と重症度の低さが良好な転機の予測因子であることが知られている)。

・抗LGI-1抗体:抗LGI-1抗体脳炎は中年~老年期に発症しやすい。記憶障害,錯乱,てんかん発作の辺縁系脳炎の三徴を示す。他に重要な点は低ナトリウム血症,faciobrachial dystonic seizureと呼ばれる特徴的な片側の顔面と上腕に同時に起こる痙攣症状である。かつてはVGKCに対する抗体に関連する障害であると考えられていたが,近年の研究では,チャネルそのものよりも関連タンパクが標的抗原であると言われており,多くはLGI1かCaspr2を標的とする。一方で,それ以外にもまだ知られていない(双方陰性)のVGKC関連抗体が関与しているために,症状に多様性があることが示唆されている。

・GAD抗体:症例6は高齢女性で発話の障害と精神症状の変化で発症し,症例7は高齢の男性でスティフパーソン症候群,運動失調,認知機能障害を呈し,胸腺腫を合併しており,かなり経過が異なっていた。典型的には細胞内タンパクとしてGAD65及びGAD67のアイソフォームが関わり,GABA合成における律速酵素として働く。GAD抗体脳炎は広範な神経障害と関連しているため,近年はGAD抗体スペクトラム疾患として捉えることが提唱されている。これを支える二つの仮説があり,一つの“疾患特異的エピトープ仮説”では抗体が異なるタンパク質ドメインを標的とするため重症度が異なると考えられており,もう一つの仮説では未発見の抗体が関与している可能性が示唆されている。

結論

症例数の限られたケースシリーズではあるが, AEの多彩な症状を検討することによって,診療科間を越えたより良い管理のための情報を提供し,診療科間には更なる研究を要する領域があることを明らかにした。

257号(No.5)2022年12月19日公開

(三村 悠)

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