自閉スペクトラム症と脆弱X症候群の皮質下の脳構造発達:新生児期における年齢・障害特異的な動的な軌跡

AM J PSYCHIATRY, 179, 562-572, 2022 Subcortical Brain Development in Autism and Fragile X Syndrome: Evidence for Dynamic, Age- and Disorder-Specific Trajectories in Infancy. Shen, M. D., Swanson, M. R., Wolff, J. J., et al.

背景

自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)の臨床診断は24~36ヶ月までは不可能であり,ASD児と定型発達児の行動特性の違いは6ヶ月の時点ではわからない。行動発達の変化は脳発達の動的な変化と並行している。著者らはこれまで,後にASDと診断された児の新生児期における皮質,白質微細構造,脳梁構造などの違いを報告してきた。

過去の神経画像研究や死後脳研究によってASDにおける扁桃体の関与が指摘されてきたが,ASDの新生児期における他の皮質下構造物と比較した扁桃体の発達の特異性,他の神経発達障害(脆弱X症候群など)と比較したASDに特異的な脳の所見についてはわかっていない。

本研究では,縦断的な構造核磁気共鳴画像(MRI)の皮質下構造体積について,4群の比較を行った。

方法

脆弱X症候群の新生児29名,兄または姉にASDがいるASD児58名,兄または姉にASDがいる定型発達児212名,兄または姉にASDがいない定型発達児109名の4群の新生児に対して,生後6ヶ月,12ヶ月,24ヶ月に行動評価と構造MRIの撮像(合計1,099スキャン)を行った。皮質下構造物(扁桃体,尾状核,被殻,淡蒼球,視床)の縦断的な体積変化は反復測定混合効果モデルを用いて調べた。

結果

扁桃体の縦断的な体積変化に関して,年齢と群の有意な交互作用が認められた。生後6ヶ月では4群間で扁桃体体積に有意な差は認められなかったが,6~24ヶ月における増加率(すなわち12ヶ月時点の扁桃体体積)は,兄または姉にASDがいるASD児は他の群よりも約5%大きかった(p<0.005)。ASD児における生後6~12ヶ月の扁桃体の過剰な発達は,24ヶ月時点における社会性の障害と関連していた(r=0.52,p=0.002)。

尾状核に対して群要因の有意な主効果が認められた(p=0.001)。脆弱X症候群の新生児では,全ての時点において他の群と比較して有意な尾状核の増大が認められた(p<0.0001)。脆弱X症候群における,生後12ヶ月時点の尾状核体積は24ヶ月時点の反復行動と有意に関連していた(r=0.60,p=0.04)。

考察

本研究は,共通する行動特性を持つ二つの神経発達症において,脳と行動の発達上の軌跡が異なっていることを示した。脆弱X症候群では生後24ヶ月で認められる脳と行動の変化が生後6ヶ月の時点でも認められていたが,ASDでは生後6ヶ月では変化が認められず,扁桃体の過剰な体積増大が現れてきたのはそれ以降であった。

その背景にある細胞レベルの変化としては,過去の死後脳研究で報告されてきた扁桃体における神経細胞の過剰産生や樹状突起のスパイン密度増多が影響しているかもしれない。扁桃体の神経細胞は活動依存的に成熟し,生後1年の正常な脳の発達過程では活動性が低い神経結合は刈り込まれ,効率的な神経結合が形成される。ASDの幼児では感覚,特に視覚処理が定型発達児と異なるかもしれないため,感覚入力による効率的なシナプスの刈り込みが起こらず,これが扁桃体の体積増大に繋がっているかもしれない。

扁桃体増大のその他の可能性としては,神経炎症が関連しているかもしれない。ASDの死後脳研究において扁桃体のミクログリアの過剰な活性化が報告されており,神経細胞の過剰産生に対する炎症反応として,あるいは生後のなんらかの神経炎症に対する二次的な反応として,ミクログリアの数とサイズが増大し,これが扁桃体の増大に繋がっているのかもしれない。

結論

脆弱X症候群では生後6ヶ月の時点で変化が認められるが,ASDの異常は生後6ヶ月以降に現れてくるという,脳と行動の異なる発達パターンが示された。ASDにおける生後6~12ヶ月間の扁桃体の過剰な発達は,社会性の障害が出現する前に認められる。

258号(No.6)2023年3月9日公開

(髙宮 彰紘)

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