退役軍人の患者・地理的レベルにおける,標高と自殺死亡・自殺企図・希死念慮との関連の調査

J PSYCHIATR RES, 153, 276-283, 2022 An Examination of the Association Between Altitude and Suicide Deaths, Suicide Attempts, and Suicidal Ideation Among Veterans at Both the Patient and Geospatial Level. Wang, X., Zamora-Resendiz, R., Shelley, C. D., et al.

はじめに

米国の退役軍人の自殺死亡率(suicide mortality rate:SMR)は,年齢・性別による調整後で一般人口より51%高いと報告されている。自殺リスクに関連する変数の一つに標高があるが,標高と自殺との正確な関連は明らかではない。その理由は,これまでの研究は地理的データまたは個人データのいずれかのみに基づいていたからである。本研究は,2000~2018年の退役軍人を対象とし,地理的データ(郡及び郵便番号)と個人データの両方を用いて,標高と自殺死亡,自殺企図,希死念慮との関連を包括的に評価することを目的としている。

方法

米国退役軍人保健局に登録された者のうち,2000~2018年に2回以上同局を訪れた1,400万のコホートに関するデータを使用した。

分析には,標高を独立変数とし,50歳以上・男性・白人・非ヒスパニック系の各割合,世帯収入の中央値,人口密度の6因子を共変量とし,自殺特異率(suicide-specific rate:自殺死亡,自殺企図,希死念慮のいずれかまたは複数の出現率)を目的変数とする線形回帰モデルを用いた。個人データの分析には人‐年法を用いた。

結果

標高の高い郡では低い郡に比し有意に高い自殺率が認められ,共変量を調整した後も相関は有意であった。銃器の有無別では,標高を1,000フィートごとに分類し,銃器による自殺,銃器以外の手段による自殺,全ての手段による自殺に分けてSMRを算出したところ,いずれの手段においても標高が高くなるほどSMRが高くなった。SMRが高い50の郡と,低い50の郡の標高の平均は有意な差を示し(3,198.86 vs 1,116.87フィート),両者のSMR比は18.74(104.41:5.57)であった。

同じ郡の中でも標高差があるという問題に対処するため,郡よりも狭い郵便番号ごとの標高とSMRを比較しても,標高と自殺率は同様の傾向を示した。

個人データの分析では,14,196,130名の退役軍人について調査し,このうち自殺死亡は45,648名,自殺企図は83,807名,希死念慮は222,567名であった。SMRと自殺企図は標高が高いほど増加を示したが,希死念慮と標高との間,自殺死亡・自殺企図・希死念慮の三つの組み合わせと標高との間ではこの関連は認められなかった。

結論

本研究の限界としては,希死念慮や自殺企図のデータは患者が受診した施設の記録であり,これらの施設を受診できなかった者も多くいると考えられることから,統計によって把握される自殺死亡データに比し正確ではないおそれがあることが挙げられる。また,教育レベル,孤立,物質使用,家庭内暴力,地方であることや銃器店の有無などの地理的因子,大気の質や気温などの環境因子,慢性閉塞性肺疾患(COPD)や喫煙などの低酸素症関連因子などといった交絡因子があることが考えられる。

本研究により,共変量を調整した上で,標高と自殺企図との正の相関が示された。

258号(No.6)2023年3月9日公開

(久江 洋企)

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