モーツァルトの音楽がもたらす自律神経・感情変調

NEUROPSYCHOBIOLOGY, 81, 322-331, 2022 Neurovegetative and Emotional Modulation Induced by Mozart’s Music. Di Cesare, M., Tonacci, A., Bondi, D., el al.

目的

数十年来,音楽鑑賞による認知機能の向上を意味する「モーツァルトの効果」の研究がなされてきた。モーツァルトの音楽の主な効果は,音楽の構造による気分の変化にあると論じられてきた。しかし,モーツァルトの音楽を聴取した時の生理機能に関する知見は十分でない。

時間,音,旋律の概念は,音楽の要素が生理的・心理的状態の変化に影響するかどうか,どのような音楽の要素が影響するかを調べるための基本である。テンポは覚醒に影響を与える最も重要な特徴になり得る。著者らの目的は,主観的尺度と客観的尺度を用いて,モーツァルトの音楽を短期的に聴取した時と,同じ曲で拍のみのものを聴取した時の反応の違いを明らかにすることとした。

方法

心肺機能を阻害する可能性のある薬物による治療を受けておらず,神経症,精神病,気分障害,心血管疾患,呼吸器疾患のない21~34歳の25名(女性:17名,男性:8名)を対象とした。

実験は三つのセッションにより構成され,参加者は各セッション6分半の間,リラックスできる環境で,臨床用のベッドに仰向け状態で横たわり,ヘッドホンを装着して,モーツァルト・ピアノソナタ イ長調 K 331の第1楽章(第3変奏,第4変奏,第5変奏の一部を使用)(モーツァルト条件),拍子のみの同曲(解体条件),時間を揃えた無音(統制条件)の3種類を聴かされた。

最初のセッションの前に,イタリア語版抑うつ不安ストレス尺度-21(Depression Anxiety Stress Scales-21:DASSs-21)を用いて不安,抑うつ,ストレスを評価した。更に,各セッションの直前と直後に,イタリア語版気分尺度(Italian Mood Scale:ITMS)を用いて,怒り,混乱,抑うつ,疲労感,緊張感,活力を評価した。生理学的評価は各セッション中に実施し,心電図記録から心拍変動指標を算出し,呼吸数,呼吸流量の幅,経皮的動脈血内酸素飽和度(SpO2)も計測した。

結果

解体条件では,疲労感,緊張感に変化はなかった。モーツァルト条件では,疲労感は有意に減少し(p=0.008,d=0.70),緊張感は減少傾向を示した一方で,活力の減少は見られなかった。また,統計学的に有意ではなかったが,呼吸数はモーツァルト条件で高くなる傾向が見られた。心拍変動は,有意ではないものの,解体条件でやや低下した。

考察と結論

拍子のみや無音と比較して,モーツァルトの音楽は,リラックスをもたらすような場面を強化することはなかったが,覚醒をわずかに促し,気分に良い影響を与えるものであった。

心理的な影響と,心血管系の生理学的な変化との間に必ずしも関連はなかった。音楽の心理的反応と生理的変化は複雑な変数の集合であるため必ずしも連動していない。各条件には,自律神経回路の関与の違いによる,独自の心理生理学的な関連の特性が存在する。

著者らは,個人の生理的特徴に基づく音楽を充実させ,オーダーメイドの音楽療法に繋げることを提唱する。音楽が行動や性格に与える影響を考慮し,音楽と心理学の複雑な関連についての洞察を深めるためには,更なる努力が必要である。

258号(No.6)2023年3月9日公開

(冨山 蒼太)

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