統合失調症における膜脂質恒常性の異常

SCHIZOPHR BULL, 48, 1125-1135, 2022 Impaired Membrane Lipid Homeostasis in Schizophrenia. Li, M., Gao, Y., Wang, D., et al.

背景

ここ最近では,多くの臨床的・生物学的・遺伝学的なエビデンスが,膜脂質とその代謝の異常がおそらく統合失調症(SCZ)の病態であることを示唆しており,「膜リン脂質仮説」が提唱されている。膜における脂質は神経の発達と脳機能にとって非常に重要である。

過去10年間に,リピドミクス分野では,質量分析計とバイオインフォマティクスソフトウェアが急速に発展しており,様々な知見が集積されているが,SCZにおける膜脂質の役割はまだ不明な点が多い。先行研究では,SCZ患者では赤血球膜のホスファチジルエタノールアミン(PE)が有意に減少し,スフィンゴミエリンが増加していること,そして膜のホスファチジルコリン(PC)はSCZ患者の脳領域によって有意に変化することが報告されている。しかしながら,先行研究においてはSCZの膜に含まれる脂質が少量である,個々の脂質のレベルまで検討していない,SCZの膜中における様々な脂質からの脂肪アシル鎖のレベルの報告がない,SCZにおける膜脂質の制御機構の検討が不十分であるなどの問題点があった。そのため本研究においては,リピドーム研究において多くの利点を持つ赤血球膜を用いて,SCZ患者の膜脂質の恒常性メカニズムを解明することを目指した。

方法

超高パフォーマンス液体クロマトグラフィー‐質量分析を用いて,80名のSCZと40名の健常対照から得た赤血球膜のリピドームを調べた。血漿酸化ストレスマーカーと白血球のリン脂質リモデリング遺伝子の発現レベルを検出し,膜脂質のプロファイリングに基づき,膜リン脂質の代謝メカニズムについて検討した。

結果

812の脂質が定量化され,これらを比較したところ,SCZにおいて膜PCとPE,そして特にプラスマローゲンが有意に減少していた。更に,SCZの膜における多価不飽和脂肪酸(PUFAs)の総量が有意に減少しており,結果として膜の流動性が低下していた。膜酸化脂質と末梢の脂質過酸化反応が上昇しており,SCZにおける酸化ストレスの上昇が示唆された。更に,膜リン脂質リモデリング遺伝子について調べたところ,SCZではPLA2sとリゾホスファチジルコリンアシルトランスフェラーゼ(LPCAT)の発現が活性化されており,SCZ患者のリン脂質における不飽和及び飽和脂肪酸アシルリモデリングの不均衡が支持された。

考察

本研究では,SCZの赤血球膜において,主に個々のPC,PE,PUFAs含量の有意な低下として現れる,脂質恒常性の乱れが見られた。更に,SCZにおける膜脂質の異常のメカニズムを探ったところ,SCZ患者は酸化ストレスが高く,このことが膜リン脂質リモデリング酵素の発現に影響を与えることが明らかとなった。これらの結果は,膜脂質の調節障害とそれに関連する生化学的プロセスが,SCZの病態メカニズムであることを示唆した。

SCZ患者において内因性抗酸化物質の一つであるプラスマローゲン活性が有意に低下しており,SCZ患者の抗酸化能が弱まっていることが示唆された。結果としてSCZ患者では,赤血球膜に酸化脂質が大量に蓄積し,血漿中の過酸化物が上昇していた。高い酸化ストレス下では,膜リン脂質中の不飽和アシル鎖の二重結合と活性酸素の反応により,アラキドン酸(AA)などの酸化脂質が生成し,膜から解離して非酵素的酸化反応により4-HNEやマロンジアルデヒドを形成する。これらの結果を総合すると,SCZ患者では酸化ストレスに曝されることによってリン脂質が不安定になり,膜における脂質恒常性が破綻すると考えられた。

また,SCZでは膜リン脂質の脂肪アシル鎖の分解と組み込みが不均衡であった。各リン脂質中の脂肪アシル鎖の多様性と飽和度は,ランズサイクルと呼ばれるPLA2などを介した経路によって修正される。本研究ではPLA2をコードする遺伝子のmRNAレベルがSCZ患者において有意に上昇していることを見出した。同様に先行研究でも,PLA2の活性がSCZ患者の末梢及び脳組織で上昇していることが示されている。SCZ患者における酸化ストレスの上昇は,膜脂質の過酸化を引き起こし,酸化PUFAを除去するためにPLA2が動員されることになる。PLA2の活性化により膜リン脂質が過度に分解されると,PUFA,特にAAが減少し,著者らの結果と一致した。

更にもう一つの重要な発見は,SCZ患者においてLPCATの発現が上昇していることである。LPCATファミリーのメンバーは,異なるアシル-CoA選択性を示す。本研究ではSCZ患者においてLPCAT1とLPCAT4の発現が著しく上昇していることが確認された。LPCATの制御異常は,SCZにおいて膜リン脂質に取り込まれる遊離脂肪酸の選択性に影響を与える。すなわち,SCZ患者では,PUFAの解離と飽和脂肪酸の膜リン脂質への取り込みが亢進していた。リン脂質リモデリングに関連する酵素の発現異常が,SCZ患者における膜のリン脂質飽和度の不均衡の原因の一つであると考えられた。

これらに基づき病態との関連を考察すると,まずAAは神経伝達物質(グルタミン酸,γ-アミノ酪酸,アセチルコリンなど)の放出を抑制するエンドカンナビノイドの調節を媒介する。膜から放出されたり膜に組み込まれたりする PUFAsは,重要なセカンドメッセンジャーとして神経受容体の活性を反映する。また,膜のPUFAsが過剰に解離すると炎症カスケードが形成される。SCZ患者において観察される膜中の飽和脂肪酸とPUFAの不均衡は,膜流動性に影響を与える可能性がある。蛍光偏光分光法を用いた先行研究では,SCZ患者において赤血球の膜流動性が低下していることが示されており,膜流動性の乱れは,特にシナプス後膜における受容体の結合部位や膜内の受容体密度に影響を与えると報告されている。シナプス前末端は効率的な膜再形成装置であり,脂質は膜輸送を制御し,シナプス前活動の基盤となるタンパク質と連携している。全体として,膜脂質の恒常性異常は,シナプス膜系への影響を含むSCZ患者の全身性膜機能障害に繋がり,更に神経伝達系に影響を与えるという仮説が立てられた。

結論

本研究の結果より,膜脂質の恒常性の障害メカニズムは,SCZにおける過度の酸化ストレスによるリン脂質のリモデリングの活性化が関連していることが示唆された。本研究で見出された不秩序な膜脂質は,SCZ患者の中枢神経系における膜機能障害を反映し,神経伝達物質の伝達に影響を与える可能性があり,この結果はSCZの膜リン脂質仮説に新たなエビデンスをもたらした。

259号(No.1)2023年4月4日公開

(三村 悠)

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