ヒトにおける主観的な急性アルコール作用に対する神経生物学的マーカー

NEUROPSYCHOPHARMACOLOGY, 47, 2101-2110, 2022 The Neurobiological Markers of Acute Alcohol’s Subjective Effects in Humans. Hamel, R., Demers, O., Boileau, C., et al.

背景

アルコールを摂取すると,特徴的な急性の二相性の作用が認められる。具体的には,アルコール(体重1kg当たり純アルコール約0.8g)を摂取すると速やかに多幸感や主観的な高揚感が得られ(5~10分),その後は徐々に元の状態に戻り,更に鎮静感が増加する(45~60分)。しかしながら,このような特性の根底にあるアルコールの神経生物学的作用は,ヒトにおいてはいまだ十分に解明されていない。

本研究の目的は,アルコールの急性二相性作用に関わる神経生物学的マーカーを調べることである。アルコールの摂取が急性二相性作用をもたらし,プラセボと比較して,経頭蓋磁気刺激(TMS)により測定されるγ₋アミノ酢酸(GABA)作動性の抑制が増強されると予想された。また,ヒトや動物による先行研究の結果から,GABAの阻害は刺激感と鎮静感に対してそれぞれ正と負の関連を示す,と考えられた。

方法

薬物治療を受けておらず,神経学的に健康な若年成人20名が本研究に参加した。全員が法的な飲酒可能年齢に達しており(平均22±0.93歳),過去に飲酒経験を有していた。アルコール使用障害同定テスト(Alcohol Use Disorder Identification Test:AUDIT)で8点以上を除外基準とした。

本研究はプラセボ対照クロスオーバーデザインで行われ,被験者は1~2週間の間隔を置き,アルコール及びプラセボを摂取する双方のセッションに参加した。アルコールのセッションでは,被験者らは度数94%のアルコールを用いた飲料を摂取した(男性1.0mL/kg,女性0.85mL/kg)。呼気アルコール濃度は,各セッションの開始前と,開始後120分時まで15分ごとに測定した。各セッションでは,飲料を摂取する前と,摂取後15分から105分後まで30分ごとに,二相性の主観的なアルコールの作用を調べるBrief-Biphasic Alcohol Effects Scale(B-BAES)と,TMSを用いて計測を行った。

結果

予見された通り,呼気アルコール濃度はプラセボと比べてアルコールセッションで,15~120分後の全ての観測時点で高かった。B-BAESによる主観的な刺激感は,プラセボと比べてアルコールセッションにおいて,開始後15分で上昇し,その差は75分後まで持続し,その後105分時点ではプラセボとアルコールの差は消失した。主観的な鎮静感は,15分時点では差はなかったが,その後は45分後から105分後まで,プラセボと比べてアルコールセッションで強かった。

TMSについては,非特異的GABA受容体の活性を反映する皮質性サイレントピリオド(CSP)が,プラセボと比べてアルコールセッションで,15分~105分時点のいずれにおいても長かった。

CSPの長さは,刺激感と正の関連(β=4.479±3.908,p=0.0262)を,鎮静感とは負の関連(β=-6.250±4.252,p=0.0046)を示した。

考察

本研究では,ヒトを対象にTMSを用いて,急性アルコール摂取による主観的二相性及び神経生物学的作用の関係を検討した。その結果,急性アルコール摂取はプラセボ投与に比べ選択的にCSP持続時間を延長することが明らかになり,アルコールが非特異的なGABA作動性抑制を増加させることが示唆された。重要なことは,刺激感の増大はGABA作動性抑制の増大を伴うこと,GABA作動性抑制が基準時点の値に戻ると徐々に鎮静感が出現することを明らかにしたことである。

259号(No.1)2023年4月4日公開

(上野 文彦)

このウィンドウを閉じる際には、ブラウザの「閉じる」ボタンを押してください。