せん妄に対するトラゾドンとミアンセリン:後方視的カルテ調査

J CLIN PSYCHOPHARMACOL, 42, 560-564, 2022 Trazodone and Mianserin for Delirium: A Retrospective Chart Review. Kawano, S., Ide, K., Kodama, K., et al.

背景

せん妄に対する薬物療法として抗精神病薬が一般的に使用されているが,錐体外路症状や心血管障害など様々な,ときには致命的な副作用を引き起こす可能性がある。更にせん妄を発症しやすい高齢患者において,抗精神病薬の使用は死亡リスクと関連している。臨床現場では,鎮静系の抗うつ薬がせん妄の代替治療薬として頻繁に使用されているが,有効性に関するエビデンスはほとんどない。従って,本研究ではせん妄に対する鎮静系の抗うつ薬であるトラゾドンとミアンセリンの有効性を調べるために後方視的カルテ調査を行った。

方法

2017年4月1日~2021年3月31日に慶應義塾大学病院に入院し,せん妄に対して単剤療法としてトラゾドンまたはミアンセリンを定時投与された患者を組み入れた。次の基準のいずれかを満たす場合は除外した。①ラメルテオン,スボレキサント,レンボレキサント,ヒドロキシジン,抗精神病薬の同時投与,②せん妄発症前からのトラゾドンまたはミアンセリンの投与,③トラゾドンとミアンセリンの同時投与,④アルコール離脱せん妄の高リスク(すなわち,純アルコール60g/日以上の摂取)。

せん妄はDSM-5の基準に従い精神科医が診断した。精神科医の診察を受けていない場合は,精神科認定看護師が診療録に基づき診断の検証を行った。せん妄の発症はコンフュージョン評価尺度(Confusion Assessment Method:CAM)またはCAM-ICUで陽性と評価されたものと定義した。慶應義塾大学病院では,訓練を受けた看護師が全ての患者に対してせん妄の準備因子を評価する。準備因子を持つ患者が入院した場合,看護師は更に誘発因子を評価する。誘発因子があるかせん妄が疑われる場合,看護師は朝夕1日2回CAMまたはCAM-ICUを評価し,せん妄の改善はCAMまたはCAM-ICUが3日間連続で陰性になることと定義した。

せん妄の改善率とトラゾドンまたはミアンセリンの開始からせん妄が改善するまでの期間を比較した。

結果

せん妄を発症した3,971名の患者のうち,379名(9.5%)にトラゾドン,341名(8.6 %)にミアンセリンの定時投与が行われた。52名(1.3 %),46名(1.2 %)の患者がそれぞれトラゾドン,ミアンセリンの適格基準(すなわち,単剤療法)を満たしていた。65歳以上の患者の割合はトラゾドンで86.5 %(45名),ミアンセリンで89.1 %(41名)であった。

せん妄の改善率は,トラゾドンで63.5 %,ミアンセリンで50.0%であり,群間に有意差はなかった(p=0.17)。せん妄が改善するまでの期間(95%信頼区間)はトラゾドンで5.3日(3.2-7.4日),ミアンセリンで9.3日(5.3-13.3日)であり,群間に有意差はなかった(p=0.13)。

結論

本研究の結果は,トラゾドンやミアンセリンなどの鎮静系抗うつ薬が特に高齢者のせん妄に有効である可能性を示唆している。従来,せん妄の治療に使用されてきた抗精神病薬の重篤な,ときに致命的な副作用のリスクが高いことを考慮すると,この知見は非常に重要である。

259号(No.1)2023年4月4日公開

(倉持 信)

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