自傷と関連する幻聴の特徴:前方視的研究

SCHIZOPHR RES, 251, 30-36, 2023 Attributes of Auditory Hallucinations that are Associated With Self-Harm: A Prospective Cohort Study. DeVylder, J., Yamasaki, S., Ando, S., et al.

背景と目的

精神病症状の体験は自傷行為と自殺企図のリスクを示す頑健な指標であることが先行研究によって示されている。中でも,幻聴は自傷行為のリスクを予測する因子と見なされている。一方で,幻聴において特定の亜型が,青少年の自殺リスク上昇と関連しているのかどうかを判断するためのデータは現在までに存在していない。そこで,本探索的研究では,Tokyo Teen Cohort(TTC)における青年のデータから,幻聴の種類と自傷行為との関連について調査した。

参加者

本研究では,TTCの第3波と第4波(それぞれ,14歳,16歳)からデータを抽出した。TTCは,東京都の世田谷区,三鷹市,調布市の3区市に居住する青少年を対象とした現在進行中の前方視的コホート研究である。合計で3,171組の親子が基準時点で参加していた。分析の対象は,第3波(1,777名)において幻聴への曝露と自傷行為の転帰を報告した回答者とした。

幻聴・自傷行為の測定

幻聴は,TTC研究のために開発された簡易な自己報告項目群によって評価した。参加した青少年は,生涯において幻聴を聞いたことがあるかどうかを回答した。「確実にある」「おそらくある」と回答した参加者は生涯幻聴ありとコード化し,幻声の特徴について追加の質問を行った。まず,幻声が発生する状況とは,①マリファナやその他の物質使用後24時間以内,②発熱を伴う疾患に罹患している時,③入眠時や覚醒時,においてのみであったかについて質問した。状況の項目は相互に独立しており,複数回答可とした。次に,幻聴の特徴を構成する5項目の亜型について質問した。すなわち,①名前を呼ばれた,②自分の行動や考えについて発言・コメントされた,③参加者について幻聴がほかの声と会話をした,④褒められた,⑤自分の悪口を言われた,の5項目である。特徴の項目も相互に独立しており,必要に応じて複数回答可とした。次に,幻声の年齢を尋ね,これを四分位数で分類した。最後に,幻声の主は回答者の知人であるかどうかを聴取した。

自傷行為の評価は14歳時と16歳時に行い,回答者は,過去1年間における自傷行為について自己報告した。

統計解析

幻声が聞こえることを独立変数,自傷行為の頻度を従属変数として線形回帰を用いた。親の収入,回答者の年齢・性別で補正した上で,全標本(1,777名)において,14歳時に聞こえた幻声と,14歳及び16歳時点での自傷行為との関連を検証した。幻声の亜型,二つの状況項目(発熱を伴う疾患の罹患時と入眠時・覚醒時),考えられる幻声の主と年齢層,そして,性別,年齢,親の収入など,幻聴に関連する特性を予測因子として探索的線形回帰分析を実施した。本研究の探査的性質と独立変数の多さから,ステップワイズ法を利用した。全ての分析は感度分析として標準重線形回帰を使用して検証した。

結果

全ての参加者のうち,幻聴は233名(13.1%)に認められた。14歳時の幻聴は,調整なしで回帰分析を行った場合(r2=0.05,F(df=1, 1775)=99.02,p<0.001; β=0.23,Cohen’s f2=0.06,p<0.001)と,ステップワイズ法で調整した回帰分析(r2=0.06,F(df=2, 1774)=52.02,p<0.001; β=0.23,Cohen’s f2=0.06,p<0.001)との両方で同波内での自傷行為の頻度と関連していた。14歳時の幻聴は,その後の16歳時の自傷行為の頻度と弱いながらも有意な関連があった(r2=0.03,F(df=1, 1436)=36.08,p<0.001; β=0.06,Cohen’s f2=0.00,p<0.001)。この縦断的な関連は,14歳時点での自傷行為の頻度で調整しても統計学的に有意であった(r2=0.21,F(df=3, 1434)=130.407,p<0.001; β=0.05,Cohen’s f2=0.00,p<0.030)。

14歳時の評価で幻聴が認められた参加者(233名)における幻聴の特徴を表に示す。14歳時点での自傷行為と関連していた幻声の亜型は,自分の悪口を言われた(F(df=3, 229)=17.56,p<0.001,β=0.34;R2=0.19,Cohen’s f2=0.13,t=5.70,p<0.001),自分の行動や考えについて発言・コメントされた(F(df=3, 229)=17.56,p<0.001,β=0.21;R2=0.19,Cohen’s f2=0.05,t=3.31,p=0.001)の2種類であった。一方で,回答者を褒めるような内容の幻声は,有意な保護効果をもたらすと見られた(F(df=3, 229)=17.56,p<0.001,β=-0.15;R2=0.19,Cohen’s f2=0.02,t=-2.47,p=0.014)。しかし,2年後の16歳時点で自傷行為の頻度を予測したのは,自分の悪口を言われた(F(df=1, 181)=27.87,p<0.001,β=0.36;R2=0.13,Cohen’s f2=0.15,t=5.28,p<0.001)場合においてのみであり,エフェクトサイズは中程度であった。特筆すべきは,この関連は14歳時の自傷行為で調整したモデルにおいても有意であったことである(F(df=2, 180)=30.01,p<0.001,β=0.34;R2=0.25,Cohen’s f2=0.13,t=5.13,p<0.001)。

感度分析の結果,先行する自傷行為がその後の幻聴の特徴に対して及ぼす潜在的影響は認められなかった(全ての幻聴の特徴変数においてPearson’s r>|1.5|)。

結論

本研究により,2種類の幻聴と自傷行為との関連が示された。しかし,結果における決定係数には意義があるものの,幻聴体験から自傷経験を予測できるほど決定的ではないことが示唆されている。一方で,幻聴を無視すべきであるという結果も見出されなかった。また,褒める声は保護的な効果を持つなど,“精神病様症状”が必ずしも障害をもたらすものではなく,他の体験と同様に,肯定的・否定的・中立的というスペクトラムの中に位置するものであることを示唆している。

表.14歳時で報告された幻聴の特徴

260号(No.2)2023年5月30日公開

(舘又 祐治)

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