うつ病が併存疾患に与える影響:系統的文献レビュー

J CLIN PSYCHIATRY, 83, 21r14328, 2022 Impact of Major Depressive Disorder on Comorbidities: A Systematic Literature Review. Arnaud, A. M., Brister, T. S., Duckworth, K., et al.

背景

うつ病は世界保健機関(WHO)により,世界全体の疾病負担の大きな要因であると認識されている。うつ病患者の中にいくつかの身体的・心理的合併症が存在し,その関係は複雑で双方向性である可能性があり,併存疾患が存在すると,うつ病に関連する人的負担と経済的負担の両方が増大する。たとえば2018年の米国におけるうつ病関連費用総額の63%は,うつ病そのものではなく,併存疾患の治療費用の増加に起因する。更に,うつ病患者はそうでない人と比べて平均余命が短いことが示されている。すなわち,関連した併存疾患の増悪は早期の死亡率と関連する可能性がある。

しかしながら,うつ病といくつかの併存疾患との関連は個別に研究されてきたものの,全てが系統的に検討されてきたわけではない。

目的

新たな疾患の発症リスクや既存の併存疾患の経過に対する影響など,複数の併存疾患に対するうつ病の潜在的な因果関係を検討する幅広い観察的データを定性的に同定し,要約することを本研究の目的とする。

方法

PRISMAガイドラインに沿って文献検索を行った。併存疾患のカテゴリーは,予備的な文献調査,国家機関及び患者支援団体の報告書のレビュー,米国の医療費請求データのレビュー,専門家の意見から決定した。最終的に,がん,中枢神経系障害,心血管疾患(CVD),代謝・内分泌疾患,自己免疫・消化器疾患,疼痛関連疾患,呼吸器障害,物質乱用障害がリストアップされた。本レビューは,身体障害と物質乱用障害に関連する併存疾患に焦点を当て,不安症やその他の精神障害は含めなかった。

うつ病と併存疾患の関係を共変量調整分析で解析した研究を組み入れた。地理的には,欧州と北米で実施された研究に限定した。共変量調整分析には,うつ病と併存疾患との関連への影響を最小限にするために,少なくとも一つの関連する共変量で調整したもの(例:年齢や性別などの人口統計,他の疾患,喫煙やアルコール摂取などの行動など)を組み入れた。逆方向の関連(すなわち,うつ病の発症または疾患経過に対する併存疾患の影響)のみを評価した研究は除外した。

結果

合計で199報の論文(コホート研究142報,横断研究15報,症例対照研究15報,観察データのメタ解析26報,臨床試験の付随研究1報)が含まれた。

うつ病は,認知症やアルツハイマー病の発症率の上昇,既存疾患を持つ患者における認知機能の低下,パーキンソン病の発症率上昇,CVD・心血管イベントの発症率上昇及び増悪(ただし,脳卒中については研究によって結果が分かれた),メタボリック症候群の悪化,糖尿病の発症率の上昇(特に男性),既存の糖尿病の増悪,肥満の増加(特に女性),自己免疫疾患の発症率上昇(特にクローン病,全身性エリテマトーデス,乾癬,多発性硬化症)と増悪,HIV/AIDSの発症率の上昇と増悪(すなわちHIV-RNA量の上昇やCD4細胞数の低下),薬物乱用の発症率上昇,アルコール及び薬物乱用の重症化と有意に関わっていた(p<0.05)。一方で,うつ病とがんの新規発症や既存のがんの重症度及び死亡率との関連は一貫していなかった。またうつ病であることやうつ病の再発とメタボリック症候群の発症率についてもほとんどの研究において関連は見られなかった。うつ病と偏頭痛や慢性疼痛との関連も概して示されなかったが,うつ病であることやうつ病の重症度と前兆を伴う偏頭痛のリスクについてのみ関連が見られた。喘息や気管支炎を含む呼吸器障害との関連は認められたが,その方向性についてははっきりしなかった。

考察

うつ病は,様々な併存疾患の発症と悪化の両方の危険因子であることが確認された。

うつ病が身体合併症に及ぼす影響は,生物学的経路を介した直接的なものと,セルフケア能力の低下やその他健康を危険にさらす行動による間接的なものとがある。生物学的経路の多くは,視床下部‐下垂体‐副腎(HPA)軸の機能障害とそれに伴うコルチゾール濃度や免疫系への影響に関連する。特に,コルチゾールの上昇は,in vitroでがん細胞の成長経路を活性化させ,認知症やアルツハイマー病の患者では,海馬の萎縮,アミロイドβ斑の蓄積,炎症,血流変化,神経成長因子の不足に関与することが示唆されている。炎症は,うつ病を支える生物学的メカニズムの一因であることが示唆されており,うつ病といくつかの炎症性疾患(クローン病や冠動脈疾患など)との関連は,炎症を通じて説明され得る。更に,コルチゾールの上昇は,代謝疾患や内分泌疾患のある人における内臓脂肪蓄積,インスリン抵抗性(2型糖尿病)や脂質代謝異常にも関与すると考えられる。また,うつ病が特定の神経障害の前駆症状である可能性も残るが,一方でPathways Epidemiologic Studyの感度分析では,基準時点後の2年間に国際疾病分類第9版(ICD-9)で認知症と診断された人を除外しても,うつ病は認知症のリスク上昇と関連しており,うつ病が前駆症状または認知症の二次症状である可能性は低いことも示唆されている。うつ病は,これらの神経障害の原因因子と前駆症状の両方であり,更なる研究によりこの関係の方向性が明確になるかもしれない。

生物学的メカニズムに加え,うつ病は,セルフケア能力,医療を求める能力,推奨された治療を遵守する能力に影響を与え,併存疾患の発症や疾患経過の悪化のリスクに繋がる可能性がある。

これらの結果から,うつ病発症早期に対応することが重要性であり,精神科的ケアと一般的な健康ケアをよく統合することが必要であると言える。

260号(No.2)2023年5月30日公開

(三村 悠)

このウィンドウを閉じる際には、ブラウザの「閉じる」ボタンを押してください。