認知症発症を伴う抑うつ症状の16年間にわたる経過のパターン:The Health and Retirement Study

J PSYCHIATR RES, 156, 485-490, 2022 Patterns of Depressive Symptoms over 16 Years With Incident Dementia: The Health and Retirement Study. Wei, J., Yang, C.-H., Lohman, M. C., et al.

背景

うつ病,特に晩年期のうつ病は,認知症の発症リスクの中で最も重要で修正可能なものの一つであると考えられる。しかし,抑うつ症状は経過の中で変動するにもかかわらず,これまでの研究は抑うつ症状の評価を1回だけしか行っていないものが多く,抑うつ症状の重症度の変化が認知症発症に影響を与えるかどうかについては明らかにされてこなかった。

本研究では,米国の健康と退職に関する研究(Health and Retirement Study:HRS)に参加している被験者のデータを用いて,抑うつ症状の縦断的な経過パターンを16年間にわたって追跡して,認知症発症との関連について調べた。

方法

HRSは全国民を代表するコホートを対象とした縦断研究であり,50歳代以上の成人とその配偶者が含まれる。Wave 2(1994年)からWave 10(2010年)までの調査期間で,認知症がなく3回以上抑うつ症状の評価が行われている被験者を対象として,Wave 10(2010年)からWave 14(2018年)にかけて認知症発症の有無について評価できた者を組み入れた。

抑うつ症状の評価は,うつ病自己評価尺度(Center for Epidemiologic Studies Depression Scale:CES-D)のオリジナル20項目を8項目に短縮した8項目版CES-Dを用いた。8項目版CES-Dで4点以上(オリジナル版で16点以上に相当)の時に,有意な抑うつ症状があるとした。認知症発症の有無については,Wave 10(2010)からWave 14(2018)にかけての面接で被験者から聞き取り調査を行った。

抑うつ症状の縦断的な経過のパターンについては,8項目版CES-D評点と有意な抑うつ症状の有無についてそれぞれ潜在成長曲線分析(latent class growth curve analysis:LGC分析)を行い,変化パターンを分析・分類した。それぞれの変化パターンと認知症発症の有無の関係について,性別,人種,教育歴,年齢,喫煙,飲酒,体格指数(BMI),高血圧,糖尿病,心疾患,脳卒中の既往,降圧薬及び向精神薬の使用の有無を共変量としてCox比例ハザード分析を行った。

結果

6,317名が組み入れられた。16年間にわたる抑うつ症状の経過(8項目版CES-D評点)については,五つのパターンに分類された[①持続的に最小の群:2,348名(37.2%),②持続的に軽度な群:2,667名(42.2%),③軽度から増加する群:288名(4.6%),④中程度から減少する群:753名(11.9%),⑤持続的に重度の群:261名(4.1%)]。有意な抑うつ症状の有無については,四つのパターンに分類された[①持続的に最小の群:4,515名(71.5%),②軽度から増加する群:481名(7.6%),③中程度から減少する群:983名(15.6%),④重度で増加していく群:338名(5.4%)]。

追跡期間(平均6.1±2.6年)中に,537名(8.5%)が認知症と診断され,2010~2018年に1,599名(25.3%)が死亡した。1,007名(15.9%)が認知症と診断されないまま脱落して追跡が打ち切られた。

抑うつ症状が軽度から増加する群では追跡の4年時点,持続的に重度の群では追跡の2年時点において,認知症発症と有意な関連が見られた。更に,8年間の追跡では,軽度から増加する群と持続的に重度の群で,認知症発症のリスクがそれぞれ84%[ハザード比(HR)=1.84,95%信頼区間(CI):1.29-2.63]と76%(HR=1.76,95%CI:1.17-2.65),上昇していた。

有意な抑うつ症状については,8年間の追跡期間で認知症発症のリスクとの間に有意な相関はなかった。

結論

16年間の縦断的な評価によって,持続的あるいは増悪する重度の抑うつ症状と認知症発症との関連が示され,抑うつ症状の軽減が認知症を予防する可能性が示唆された。

260号(No.2)2023年5月30日公開

(黒瀬 心)

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